閉ボタン、連打しても早くならないって知ってる
朝のオフィスビル。
出社時間ギリギリの私は、エレベーターの前でイライラしていた。
チーン、とようやく開いた扉。
中は空。神!
急いで乗り込み、
閉ボタンを──
連打。
「閉まれ閉まれ閉まれ」
なんなら、ちょっと睨んだ。
~第一章:「閉」ボタン信仰~
なぜ人は閉ボタンを連打してしまうのか。
・時間を縮めたい
・せっかち
・閉まりかけてるのに止まってるのがもどかしい
・「自分が閉めてる感」を得たい
でも実際、
1回押せば、十分。
むしろ最近のエレベーターは、
一定時間経たないと閉まらない仕様だったりする。
だから、どれだけ連打しても早くはならない。
──でも、気持ちは収まる。
~第二章:開くボタンは、押さない人の心理~
不思議なことに、「開くボタン」は連打しない。
・他の人が来ても、知らんぷり
・ギリギリで走ってくる人が見えても、なぜか静止
・むしろ「閉」ボタン連打でブロックモード突入
「開」には消極的、
「閉」には積極的。
これが現代人のエレベーター哲学である。
~第三章:閉ボタン警察、現る~
たまにいるのが、
「ボタン係を買って出るタイプ」の乗客。
・誰よりも早く「閉」ボタンに手をかける
・人が乗ってくるたびに、「開」に切り替えるプロ
・無言だけど、何かやってる感を出してくる
しかもその人が降りると、
誰も引き継がない。
結局、また誰かが「閉」ボタンを連打することになる。
~第四章:ボタンが効かないときの絶望~
まれに、ある。
押しても何も反応しないボタン。
私「……? 押してるのに閉まらない」
→ 連打
→ さらに長押し
→ 無反応
画面には「自動運転中」との表示。
私「ならボタン、飾りかよ!!」
“押せるけど効かないボタン”ほど、ストレスを増やす存在はない。
~第五章:「閉」ボタンより怖い“キャンセル間際の乗客”~
エレベーターが閉まりかけたとき──
トタタタッ!!
「すみませーん!!」
走ってくる人が見えた瞬間、
「開く」か「閉じる」か、究極の二択が発生する。
・気づかないふりをするか
・開けてあげるか
・でも開けたら時間ロス
・でも開けなきゃ罪悪感
そして私が迷ってるうちに、
後ろの人が勝手に「開」ボタンを押す。
そのときの安心感と、「あ、自分最低だな」という後悔。
~第六章:閉ボタンを押し忘れたときの空白~
一人で乗ってるとき、
ボタンを押さずに乗ったまま。
…しばらく経って、
「あれ?動かない……あっ閉めてない!」
急いで「閉」ボタンを押す。
──でもなぜか、ちょっと負けた気がする。
~第七章:実はボタン、反応してる~
都市伝説のように囁かれているが、
実際のところ、多くのエレベーターの「閉」ボタンは、
効いてる。
が、押したからといって早く閉まるとは限らない。
時間制御が優先されている場合、
押しても演出的な反応しか返ってこない。
つまり、「効いてるけど意味ない」こともある。
──でも、押すと心が落ち着く。
~結論:~
「閉」ボタンは安心の儀式
人は意味がなくても“動いている感”を欲する
「開」ボタンは押しにくい心理バリア
ボタンは、効かなくても“存在してること”が大事
現代社会は、エレベーターのボタンにも性格が出る
~最終章:今日も連打してる人を見て、明日は我が身と思う~
今朝。
出勤時にオフィスビルのエレベーターで、
一心不乱に「閉」ボタンを押し続ける男性がいた。
なんなら、リズムを刻んでた。
ピッ、ピッ、ピッ……ピピピピ!
私「そんなに急いでるのか……大変だな……」
と思ったのも束の間、
自分が乗ったとき、無意識に“閉”ボタンを4回押していた。
人間って、同じこと繰り返すよね
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