『アザラシ田辺、内定を取る』
「おい……田辺のやつ、また企業にアザラシ姿で突撃したらしいぞ」
昼休みの大学食堂。ひそひそと語られるその名は、田辺剛志。就活中の22歳。趣味、筋トレと水族館めぐり。特技は「水槽の前で静止して一体化できること」。
「アザラシって着ぐるみの話か?」
「そう。自作のリアルスーツ。なんか“人間界に転生したアザラシ”っていう設定らしい」
「設定濃すぎて面接官フリーズするやつだ」
だが、田辺本人は真剣だった。
「これが……俺の戦闘服なんです」
と言いながら、頭にアザラシのヘッドギアを装着していた。表情が一切見えないため、余計に怖い。
なぜ彼がこんな奇行に走ったかというと、普通の格好で受けた10社が全部「人柄が見えない」と落とされたからだ。
「……だったらいっそ、逆に突き抜けようと思ったんです」
彼が目をつけたのは、水族館運営会社や子ども向け施設、果ては企業イベントの司会業務など、あらゆる“マスコットっぽい”仕事。
最初の数社は撃沈した。
「すみません、業界として“生き物の擬人化”はちょっと…」
「あなたの経歴、ほとんど“モグリの水槽活動”ですよね?」
「そもそも、それ面接じゃなくてショーに見えます」
だが、田辺はめげなかった。
ついには、地方の小さな動物テーマパーク「たまやまどうぶつひろば」が最終面接まで呼んでくれた。
テーマ:「アザラシとして自己PRをお願いします」
「任せてください」
当日。受付に現れた田辺は、完璧なアザラシスーツで登場。転がりながら入室。
「ごんにぢは……アザラシのたなべでず……!」
ヘッドギアがキツくて発音が不明瞭だった。
「ちょっと、外して話してもらっても……」
「いえ!この状態が、私の“等身大”です!」
そのまま始まる面接。
「アザラシとして、なぜこの仕事を?」
「私は、人間界で暮らすアザラシです。かつて流氷に乗って旅をし、ついにこの日本にたどり着きました。今、私は人と生き物の架け橋になりたいと、心から――ブシュッ(鼻息)――願っております!」
「ブシュッって言いましたよね今」
「仕様です」
「あなたの長所と短所は?」
「長所は水に強く、寒さにも耐え、低姿勢です。短所は……書類が濡れがちです」
妙に説得力があった。
「最後に、志望動機を“アザラシっぽく”表現してもらえますか?」
田辺は少し考えた後、床に寝転がってくるくる回った。そして、すっと前肢(手)を差し出した。
「私がここに来たのは……運命の波に乗ってきたからです。流されるのではなく、あえて“寄り添う”ために」
審査員たちは思わず拍手してしまった。
「……なぜ、ちゃんと感動するんだろう……」
面接の翌週、田辺のもとに封筒が届いた。
【内定通知:アザラシ型広報スタッフとして採用いたします】
歓喜のあまり、近所の川で全身を泳がせたあと(アザラシスーツのまま)、彼はこう叫んだ。
「アザラシでよかったーーー!!」
その後、「アザラシ田辺」は園の目玉として子どもたちに人気者になり、SNSでは「感動する変人」として注目されるようになった。
ある親子連れが言った。
「中に人が入ってるってわかってるんだけど、泣けるんだよな、あの自己紹介……」
「ママ、アザラシって就活するの?」
「……するらしいよ」
就活シーズンの終わり頃。水辺で遊ぶ田辺を見た飼育員が、ふと尋ねた。
「田辺くんさ、いつまでそのスーツ着てるつもりなの?」
彼は少し黙ってから言った。
「……実は、もう脱げないんです。心が、完全にアザラシだから」
その瞳には、青い海が映っていた。
その翌日、スーツが縮んでファスナーが閉まらなくなり、新しいのを買い直すことになるのだが――それはまた別の話。
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