ラテ神、注文は聞いてくれない
「あの、ラテ、ひとつお願いします……」
「願い、受け取った」
木の香りのする落ち着いたカフェで、新人OLの真白は、今日もまた、注文をスルーされた。
目の前に立つのは、エプロン姿のバリスタ……ではない。いや、姿かたちはバリスタ風だが、名乗りが違った。
「我はこのカフェに宿りし神――ラテ神である。注文ではなく、祈願を聞き届ける存在……」
「本当に、ただのカフェ店員では……?」
「違う! 見よ、このラテアートを!」
ラテ神は勢いよくミルクを注ぎ込み、渦を描く。出てきたのは、ふんわりとした、ニワトリの顔。
「今日のラッキーアニマル、鶏だ。朝の支配者である。寝坊に勝てるぞ」
「……うん、たぶん明日も二度寝しますけどね」
真白は深いため息をつきながら、カップを手に取った。ミルクの香りが鼻をくすぐる。正直、美味しい。
けれど、神を名乗るこの男は、なにかと厄介だ。
「それで、今日もまた心がくたびれておるな。言ってみよ、悩みを」
「課長が、急に資料の提出期限を今日に変えてきたんです。昨日までは『今週中でいいよ』って言ってたのに」
「典型的・上司の気まぐれ攻撃か……」
ラテ神は真顔でうなずきながら、ホットサンドを焼き始めた。カフェ神のくせに、食事メニューまでフル対応なのが謎。
「しかも、同期の山田には『金曜まででいい』って言ってたらしくて……」
「ほう、職場の不平等がここにも……。ならば、我が秘技――“人事の耳”を使おう」
「それ、バリスタ関係ないですよね!?」
「ふむ、バリスタと神の境界線など曖昧なものだ」
「神は勝手な言葉の線引きしないで!」
そうして一通り騒いだあと、ラテ神はホットサンドを静かに差し出した。中にはチーズとベーコンがたっぷり。
真白はひと口食べて、ふっと笑った。
「……うまっ」
「神の力、込めてあるからな」
「味覚は……信じるしかないかも」
カフェの隅っこ。神と新人OLの会話は、誰にも聞かれていない。だけどその日、真白は期限ギリギリの資料を出し終え、意外にも課長に褒められた。
「こないだは怒鳴って悪かったな。助かったよ」
課長が頭をかいたその瞬間、真白の脳裏に、あのニワトリラテが浮かんだ。
(もしかして……ラテ神、ガチなのか?)
「ふふ……どうやら一人、信者が増えたようだな」
その日の夜、カフェのミルクスチーマーが、いつもより高らかに鳴ったという――。
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