第117章 佐世保市:サセボノカミの願い
佐世保市の商店街。海の香りが漂うその一角に、ひときわ香ばしい路地がある。
路地の突き当たりには、妙なカレー屋があるのだ。
――看板にはこうある。
『神の気まぐれカレー亭 ~一日一皿、運がよければ神が作る~』
「ほんっとに、毎日一皿しか作らんと?意味わからんよね」
通りかかった高校生、笑愛が呆れたように言った。彼女はこのカレー屋に三連敗中である。開店と同時に行っても、なぜかすでに「本日分終了」の札が出ているのだ。
「誰が食べよると?見たことないし……」
そう言いながら、のれんをくぐったその日。なぜか店内には、燦然と輝く「空席」があった。
「えっ、まじ?」
入店成功である。
店内は和風とインドのミックスのような、もはや説明不能な空間。床に畳、天井にタンドール。BGMはなぜか軍艦マーチ。
「ご注文は?」
声がした。その声は奥の厨房から聞こえたが、誰もいない。
「え、えっと……カレー……?」
すると、天井からスルスルと吊り下がってきたのは――狐の面をつけた裸エプロンの男だった。
「やぁっ!!」
「はっ!?な、何!?」
「神だよ。サセボノカミ。佐世保の神。軍港とカレーが好きで、あとバイクも」
狐面はにこやかに言った。
「え、神様ってそんな登場の仕方する?あとその格好、通報案件じゃない?」
「大丈夫。神だから無礼講。あとこれは“カレー儀式用正装”。伝統あるやつ」
「絶対今でっち上げたでしょ」
サセボノカミは笑いながら、ぐるぐると鍋を回した。黄金色のスパイスの香りが広がる。
「今日はキミの“努力”を味にしたよ」
「え、努力?」
「三日通ったでしょ?三日坊主ならぬ“三日スパイス”だね。だから今日は“笑愛カレー”」
どこかで鐘が鳴った。バチバチとスパイスが音を立て、湯気の中から一皿のカレーが現れた。
「うわぁ……めっちゃ、うまそう……ていうか、湯気がハート形なんだけど……」
「感情反応式だからね。味は、キミの“本音”次第」
そう言われて、笑愛は恐る恐るスプーンを入れた。
一口――
「おばあちゃん家の味やん!?」
「おぉぉ、そう出たか!」
サセボノカミが小躍りする。
「本音、そこだったか。キミ、おばあちゃんのカレーが世界一と思ってるでしょ」
「……いや、たしかにそうやけど!でもなんでわかるん!?」
「神だからさ。あと、さっき口に出してたよ。小声で」
「恥ずっ!」
皿を空にすると、いつのまにかサセボノカミは厨房の天井へ戻っていた。
「また明日も来る?」
「いや、もう一回見たら一週間分笑った気する……!」
「そうかいそうかい。じゃあまた、気まぐれで」
のれんをくぐって出たその瞬間、振り返った笑愛の目に「本日分終了」の札がかかるのが見えた。
その日以来、「神の気まぐれカレー亭」はまた幻の店に戻った。
食べた者は語らない。いや、語れない。あの狐面と裸エプロンの記憶が、現実なのかどうか曖昧すぎて。
ただ、佐世保の街のどこかで、今日もスパイスの香りがふわりと漂う。
それは、気まぐれな神の、働いた証なのかもしれない。
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