第113章 富士市:フジノカミの願い
富士山の見える小さな住宅街に、その神様は住んでいた。
フジノカミ。富士山を誇るが、それ以上に段ボールの山を誇る神である。なぜなら最近の彼は、「荘厳な通販生活」にハマっていた。
「願いは荘厳に叶うべし」と言って憚らないフジノカミは、今日もAmazonから届いた浄水器(四台目)を開封しながらつぶやいた。
「この浄水器で沸かしたお湯で点てた抹茶……荘厳だ」
「神様、それでいいんですか?」
心優しい女子高生の美樹が訪ねてきた。彼女は町内会から派遣された、“神様の生活管理補佐ボランティア”というよくわからない役職を押しつけられていた。
「何が問題かね?」
「家の前の宅配ボックス、もう4段積んでます。配達員さんが“神域か?”って震えてました」
フジノカミは神妙にうなずいた。
「それはつまり、私の威厳が届いておるということだな……荘厳」
「違います。クレームです」
フジノカミは鼻で笑う。
「些末なことだ。ところで、おぬしの願いは何だったか」
「あ、私、学園祭の劇で主役をやるんですけど……緊張しちゃって声が出ないというか……」
「ふむ。よし、願いは聞き届けた」
突然、彼は巨大な富士山の模型(2.4m)を部屋の奥からゴロゴロと転がしてきた。
「これを、学園祭の舞台装置として使うがよい。威厳とは物量だ。観客はまず“あ、富士山だ”と圧倒される。次に、おぬしの存在感が際立つ。荘厳だろう?」
「い、いや、これ体育館に入らないです……」
フジノカミは少し黙って考えた。
「ならば……こたつ用ミニ富士山(全高40cm)を……」
「もっと地味!!」
彼は眉間に皺を寄せ、静かに立ち上がった。
「ならば、おぬしが荘厳になればよい」
「え?」
その瞬間、美樹の制服がキラリと輝き、なぜか裾に金の刺繍、背中に「気迫」と大書された羽織風のジャケットが追加されていた。顔にはうっすらと威圧のオーラ。周囲の空気が若干ザワついている。
「ちょっと!学校で浮きます!というか校則アウトです!」
「おぬしの声は小さすぎるのだ。声の響きには“山の気”が必要だ」
「山の気……?」
フジノカミは、彼女の肩をぽんと叩いた。
「今こそ叫ぶがよい。“富士より高く、夢を叫ぶのだ”」
「いや、そんな中二みたいなセリフ無理ですってば!」
「よかろう。ならばこれを授けよう」
そう言って差し出されたのは――マイク。富士山型の台座付き。
「これで、“絶対にスベらない神マイク”じゃ。過去の持ち主は、ことごとく声が通ったぞ」
「それって、ただの拡声器じゃ……」
とは言いつつも、美樹はそのマイクを手にして、家の外に出てみた。そして、ご近所に向かって、そっと劇の台詞をひとこと叫んでみる。
「……“わたしは、愛している!!”」
どこからともなく、「おぉおおお……!」という拍手が聞こえた。
すでに神様宅前にたむろしていた野次馬の主婦たちが、じんわりと涙ぐんでいた。
「なんか……伝わったね……」
「ほんと……荘厳だったわ……」
その瞬間、美樹はふと気づいた。別に声量だけじゃなく、“本気の気持ち”が伝われば、人は動くのかもしれない、と。
その週末。学園祭の舞台では、特注の“富士山マイク”を手にした美樹が、堂々と主演を務めた。
客席の最後列に座ったフジノカミは、腕を組んで満足げにつぶやく。
「ふむ……我ながら良き願いの叶え方だったな。荘厳な演出、荘厳な感動、そして――」
ポケットから新しい宅配通知を取り出した。
「……荘厳な返礼品。富士山型自動開閉ゴミ箱、到着予定。これで完璧だな」
その後、富士市では「劇でスベらないマイクがある」という都市伝説が広まり、なぜか演劇部への入部希望者が爆増する事態に。
今日もフジノカミは、新たな願いと宅配に囲まれて、のんびりと過ごしている。
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