ゴミ分別マスターズ 〜我が町に現れし伝説の分類士〜
朝、目覚ましが鳴るよりも早く、どこからともなく響いてくる不穏な音——。
「可燃ゴミに……プラ弁当箱!? やり直しィィィ!!!」
俺はガバッと起き上がった。窓を開けると、道路の向こうで隣の奥さんが、白いゴミ袋を手に青ざめている。
その前に立っていたのは、サングラスに反射ベスト、手には分別チャートを握りしめた一人の男。全身からオーラを放っているその姿は、ただの町内会のおじさんとは思えなかった。
「えー……あれ、誰?」
「“分類士”よ」
隣で朝食を作っていた妹がぼそりとつぶやいた。
「ぶ、分類士?」
「毎年5月30日、“ごみゼロの日”だけに現れるという伝説の存在よ。町内のゴミ分別を一点の曇りもなく仕分け、未然にゴミステーションの混乱を防ぐ、分別界の覇者」
なにその中二病めいた説明。だが、目の前で分別チャートを高速でめくり、住民にダメ出しをする男の姿を見ていると、ただの変人とも思えない。
彼は「プラはプラでも、こっちは汚れている!燃やせるゴミへ!」「これは“ペットボトル”ではなく、“プラボトル”だ!識別マークを見よ!」と、いちいち語尾に“!”をつけながらゴミ袋を再チェックしていく。
――町内に緊張が走った。
ゴミ出しの時間は午前8時まで。しかし、午前6時の時点でゴミステーションには長蛇の列。皆が分類士に一礼してからゴミ袋を差し出していた。神かよ。
俺も出さなきゃと思って、昨日まとめたゴミ袋を引っさげて外へ出た。
「次! 君!」
目が合った。目が合った気がしただけで呼ばれた。
「えーと、これ、可燃で……」
「ちょっと待ったァ!!!」
彼は俺のゴミ袋に手を突っ込み(衛生的にどうなの)、一つずつ確認し始めた。
「これは……“紙パック”だが……洗ってないな? 甘い! 貴様、リサイクルに対する誠意が足りん!」
「ご、ごめんなさい……」
「これは? スチール缶とアルミ缶を同じ袋に!? バラして再提出ッ!」
周囲から「こいつ、やっちまったな」という目線が突き刺さる。俺は生まれて初めて、ゴミの前で土下座した。
だがその時、道路の向こうから叫び声が上がった。
「待ってくれ! あんたの言うことも分かるが、俺たちの生活には“曖昧さ”ってもんがあるんだ!」
見れば、町内会の若きエース、翔太が大きな紙袋を手に立っていた。
「このパッケージは紙に見えるけど、ツヤ加工されてるから不可燃? プラのトレイって、汚れ具合によって出す曜日が違う? それならいっそ俺たちが迷わないように、“万能袋”を作ればいいじゃないか!」
「……万能袋だと?」
分類士のサングラスがピクリと光る。
「ごみ出しに迷う人類全てを救う、“どれでもOK”袋。中身は後で町のヒーロー達が分別してくれる前提だ。……どうだ、悪くないだろ?」
「愚か者!!」
分類士は吠えた。
「それはただの他人任せッ! 責任感の崩壊ッ! われわれ一人一人がごみと向き合い、己の行動に責任を持つことで、真の“ごみゼロ”が達成されるのだ!」
翔太の顔がみるみるうちに青くなっていく。
だが次の瞬間、年配の女性がすっと前に出た。
「でも、アンタがそれを全部背負うっていうなら、あたしゃ協力するよ」
「私も!」
「俺も!」
町民たちが次々と手を挙げた。彼らの手には、洗って干されたヨーグルト容器、丁寧にラベルを剥がしたペットボトル、新聞紙でくるまれた割れた茶碗がある。
「……お前たち……!」
分類士の目が潤んだ……気がした。
「よかろう。今日のゴミ出し、合格だ」
その瞬間、町中に拍手が湧いた。拍手っていうか、なぜかクラッカーまで鳴った。
夕方。
俺がごみ袋を持って帰宅しようとしていると、背後からそっと声が聞こえた。
「……今度こそ、プラマークと燃やせるマークの違い、覚えろよ」
振り返ると、分類士が立っていた。サングラスの奥の目元が、少しだけ緩んで見えたのは、気のせいだったかもしれない。
「来年の“ごみゼロの日”にも……お前の成長、見に来るからな」
そう言って、彼は風のように去っていった。
残された俺の手には、分別チャート最新版と、なぜか分類士の名刺(手書き)。
肩書きには、こうあった。
「地球防衛分別部隊・関東第一支部長 名倉」
……どこの組織だよ。
でも、来年は燃やせるゴミと燃やせないゴミ、完璧に出してみせるからな。
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