第116章 糟屋郡:カスヤグンノカミの願い
糟屋郡の、森の中にぽつんとある神社。屋根にはコケ、拝殿には落ち葉、手水舎は乾ききって湯気も出ていない――が、そこには確かに神様がいた。
名を「カスヤグンノカミ」。職業は、なし。もともと自然の神である。働く義務はない。
「願い事?いいぞう。自然にまかせて、たまに叶えるからな」
おおらかすぎて、もはや風。話しかけても返事がくるまで平均四日。最近ではカラスにまで「もっとテキパキせんかい」と説教されていた。
そんな神様のもとに、ある日、やたらと大声の女子中学生がやってきた。
「ちょっと神様!うちんクラス、文化祭で“自然の恵みカフェ”やるっちゃけど、なーんも育たんと!雨も降らんし、トマトもやる気ないし!」
見た目は元気そうな彼女。名前は心美。見た目どおり中身もずぼらだが、情熱だけは山盛りだった。
「お願い!野菜!急成長!一晩で収穫までいかん!?」
神様はあくび混じりに言った。
「そんなん……天気のことは、わしの管轄やけど……いきなり収穫とか、自然のリズム壊れるやん……。あとワシ今、昼寝のシーズン……」
「そんな悠長なこと言いよったら、うちのカフェが“パセリ茶”だけになるとよ!?わかっとる!?」
その言葉に、神様は震えた。なぜか「パセリ茶」という単語には、異常な反応を示すのだ。
「……ワシ、あれだけは……ノーサンキュー……」
「じゃろ!?ね!?やけん頼むけん!どうにかしてー!」
神様はとうとう重たい腰を上げた。地面に寝転がりながら、「じゃがいもには、な……こう、土の感じが……」と念じた。風がざわつく。鳥が鳴く。ミミズが拍手した(ような気がした)。
翌朝。中庭の畑に、異変が起きた。
大根が立ち上がり、行進していた。
「なんで動くと!?こわかー!!」
さらに、枝豆が自分で茶碗に入り、茶を注ぎはじめた。
「自炊する豆!?どゆこと!?」
極めつけは、白菜。カフェの看板の前で踊っていた。フラダンス風に。
心美は震えながらも感動した。
「……これはこれで……なんか……新しい……」
文化祭当日、噂を聞きつけた他校の生徒や教師、ついでに市役所の職員まで「喋る野菜が見られる」と押し寄せた。
店の名前は変わった。“自然の恵みカフェ”改め――
『野菜と踊ろう!おどれベジタブル!』
来場者数、全校ブースで第1位。
後日、神様に報告したところ、境内のどこかから「やりすぎた……」という声とともに、白菜が一人旅に出ていた。
「心美よ……次はもう少し……自然にやろうか……」
「うん、でも楽しかったばい」
神様と少女、そして踊る野菜たち。糟屋の森には、今もどこかに音楽が流れている。
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