第64巻 長崎市:ナガサキノカミの願い
「オシャレって、神の領域よね」
長崎駅近く、出島ワーフの片隅で、神様がひとり、カプチーノを啜っていた。金色の刺繍が入った燕尾服に、足元は下駄。誰が見ても怪しいが、これがナガサキノカミの日常スタイルだ。
この神様、長崎の街と異国文化をこよなく愛している。そして願いごとが届くと、なぜかヨーロピアン調かつエレガントな形で叶えようとする。
だが、問題がある。
ナガサキノカミのセンスが――少しだけ――昭和フランス風で止まっている。
たとえば、ある女子高生の願い。
「カレシ欲しい!イケメン希望!」
数日後、その子の目の前に現れたのは、
白スーツにローズを咥えた中年イタリアンマフィア風の男(自称:ジャン・ロッソ)だった。
しかも喋るとやたら声が低く、「マドモワゼル、運命の出会いとは、常に夕暮れの港にあるのです」とか言い出す始末。
女子高生は叫んだ。
「こわいってば!!」
でもその横で、ナガサキノカミは満足げに頷いた。
「……ふぅ。完璧なヨーロピアン・ラブ・アプローチだったな」
長崎の街に吹く海風が、神様のマフラーをはためかせる。
***
ある日、眼鏡橋近くの石畳を、男子大学生・朔久がトボトボ歩いていた。
「はぁ……就活、全滅だよ」
履歴書、面接、グループディスカッション。どれも自分らしくできなかった。
「もう、どこでもいい……受かれば……」
そのとき。目の前に、ナガサキノカミが現れた。やけに逆光を背負って。
「その願い、受け取ったぞ、ボーイ。――貴公にふさわしい“職場”、用意しよう」
「え、誰!?なんか……外人みたいな日本人!?」
「さあ、ついて来たまえ。サン=ミッシェル・オフィスへ!」
数時間後。
朔久は、異様に豪奢なオフィスの一角にいた。シャンデリア、赤いベルベット椅子、電話は黒のダイヤル式。
「……で、何する会社ですか?」
「“時空貿易”。長崎の異国情緒を世界へ発信しておるのだ。主に、幻のカステラと胡椒せんべいをデジタルアート化してNFTにする任務だ」
「無理!意味がわかんない!!」
***
だが、そんなナガサキノカミの“ズレ”が、意外な奇跡を生むこともある。
あるおばあちゃんが「ひとりは寂しい」と書いた短冊を境内に結んだ。
数日後、商店街の一角に、突如“異国おしゃべり喫茶”が出現。店員はバリトンボイスの神様と、しゃべるインコ(しかもフランス語)。
「……おばあちゃん、今日もチーズケーキが似合ってるよ」
「まあ!もう一回言って!」
「おばあちゃん、今日もチーズケーキが似合ってるよ」
喫茶店はなぜか大繁盛。ご年配が“自分を褒めてくれる”と通い詰めた。
「神様のセンス、ズレとるけど、ええとこ突くんよねぇ……」
***
夕暮れのグラバー園。
ナガサキノカミは、ひとりでサンセットを見ていた。背筋はしゃんとしていて、でもどこか寂しそうだった。
「願いというのは、完璧に叶えるものではないのだよ。少しズレて、少し外れて……でも、思い出に残る。それが“長崎風”ってもんさ」
今日もまた、誰かのお願いに、
少しズレたエレガントが届く。
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