第83巻 春日井市:カスガイノカミの願い
春日井市――名古屋のおとなり、車と工場と郊外暮らしが心地よく混ざり合う街。
この地には、「実用的に願いを叶える神様」が静かに暮らしている。
名はカスガイノカミ。
姿は見えないが、トルクレンチと安全靴が神具と噂されている。
願いを叶えるスタイルは独特で、
「叶った瞬間に“使い方マニュアル”が添付される」という妙な徹底ぶりで知られている。
主人公は、新社会人の翔。
就職先は地元の部品メーカーで、入社一か月目にしてすでに“会議という名の謎儀式”に疲れ切っていた。
そんな彼が、昼休みにふらっと入った公園でこうつぶやいた。
「もうちょっと、こう……社会人生活を“うまくやれる感じ”にならないかな……あと、ボーナス増えろ……ついでに腹筋割れてほしい……」
その瞬間、ポケットに何かが入り込んだ気がした。
取り出すと、「社会人パッケージ1.0」と書かれた謎の取扱説明書が。
【社会人パッケージ1.0】
自動で社内の空気を読みます(感情は別売)
会議で意味ありげにうなずけます(精度85%)
コーヒーの濃さを絶妙に調整できます(3杯目以降)
ボーナスは空気と連動して増減します(概念的)
腹筋は“気持ち的”に割れた気になれます
「なんだこれ!? 便利なのか、地味なのか!」
家に帰ってソファに座ると、自動で「明日の服を整えてくれる機能」が起動した。
そして、枕元にはメモが1枚。
明日、上司が言いそうなこと:
「俺も新人の頃はな〜」→この後に“ふすまの話”が来るのでリアクション注意。
「予言かよ!!」
その翌日。
実際に上司はふすまの話をした。
翔は「へぇ〜」と3段階でリアクションを返すという小技を繰り出し、なぜか褒められた。
ボーナスは据え置きだったが、昼食の唐揚げ弁当になぜか一個多く唐揚げが入っていた。
その唐揚げには、こう刻まれていた。
「腹筋は、心で割れます」
「怖いよ神様!」
その日以来、翔は気づいた。
カスガイノカミの願いの叶え方は、地味に便利。だけど怖いほど的確。
誰にも気づかれずに、翔のスケジュール帳に“勝手に休憩時間”が追加されたり、
急な会議の資料がデスクの裏から出てきたり。
おそらくあれも、神様の仕事なのだ。
ある日、翔は勇気を出してもう一度願ってみた。
「恋人、ほしいです……(できれば気配り上手で、甘いものが好きで、でも時々ツッコミもできて、犬派で……)」
翌朝。枕元に「恋人対応マニュアルv0.9β」が置かれていた。
出会いの機会:来週の土曜日
想定される接点:ケーキの取り合い
必要装備:フォークと謝罪力
注意事項:ツッコミを恐れない心
「マジか……対応力、試されるやつだ……」
今日もどこかで、実用主義の神様が、誰かの願いに小さな便利機能を添えてくる。
願いは派手に叶わない。
でも、人生がちょっとだけスムーズになる。
春日井の空気と、車の走る音と、工場の煙の中で――
カスガイノカミは、今日も黙々と、地味に最高な願いの叶え方をしている。
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