『ダッシュおじさん、全力疾走の理由』
町に一人、なぜかいつも走っている男がいる。
年の頃は50代後半、スーツ姿で、公園でも、商店街でも、常に全力ダッシュ。
赤信号の前でもギリギリまで走り、止まった瞬間にポケットから飴を取り出す謎のルーティン。
誰もが彼を「ダッシュおじさん」と呼ぶが、本名を知る者はいない。
そして今日、ついにその謎が明かされる――かもしれない。
◆
午前8時17分。小学生のコータとカナは、学校へ向かう途中だった。
「カナ、あのおじさん、また走ってる」
「ホントだ……あれで毎朝だよね」
おじさんは今日も、道路の端を疾走中。マラソンランナーのような走りでもなく、どこか“急ぎすぎてる会社員”のようでもなく、
“全身が何かから逃げている”ような走りだった。
「この前、ママが言ってたよ。“たぶん人生に追われてるのよ”って」
「人生ってそんなに足速いの……?」
子どもたちの問いは深い。だが答えはない。
そのとき、おじさんが何かを落とした。
「カナ、今の見た?」
「見た。あれ……メモ帳?」
2人が拾い上げると、そこにはびっしりとこう書かれていた。
【8:00】玄関ダッシュ
【8:05】交差点で段差ジャンプ
【8:10】商店街横切り&アイス屋を斜めに突破
【8:15】犬を避けながら前転(軽く)
タイムスケジュールが“ダッシュイベント”で埋まっている。
「おもしろい! これ、探偵団の出番だ!」
コータとカナは、その日から“ダッシュおじさん観察記録”をつけ始めた。
◆
一週間後。
「コータ、気づいた?」
「うん。おじさん、週に1回だけ“走らない日”がある!」
「それ、木曜!」
木曜の朝、ダッシュおじさんは歩いていた。いや、正確には“超速歩き”だった。
「……休足日かも」
「でも木曜だけ、コンビニに寄ってるね」
2人がコンビニに入ると、レジで店員と話すおじさんの姿が。
「今週の記録、更新ならずでした……やはり交差点の段差が……」
「おじさん……なにしてるの……?」
耳をすませると、レジの横にあったノートに「今週のタイム」と書かれている。
どうやら、コンビニが“自主記録ボード”を設置していたらしい。
ダッシュおじさん 今週の記録:12分13秒(※全町内一周)
「自分で町内一周コースを設定して、毎週タイムアタックしてたのか……!」
「この人、町内限定アスリートだ!!」
子どもたちは震えた。尊敬のあまりに。
◆
翌週、ついに勇気を出して話しかけてみた。
「おじさん! なんで毎日走ってるの?」
おじさんは、走りながら言った。
「若いうちにね、やりたいこと全部後回しにしてたんだよ」
「うん」
「50超えてから気づいた。“走れるうちに、走っとこう”ってね」
「カッコいい!!」
おじさんは、手を振って去っていった。
その背中には「人生は持久走。でも朝はダッシュでいこう」と書かれたゼッケン(自作)。
「コータ、僕たちも走ろう!」
「え? 今?」
「うん! “ダッシュキッズ”になろう!」
子どもたちはその日から、朝だけ“町内1/4周”を走るようになった。
次第に町内には“ダッシュおばあちゃん”“ダッシュ郵便配達員”まで現れ、
気づけば「ダッシュで健康を守る会」が発足していた。
なお、入会資格は“全力で3メートル走れればOK”。
◆
そして現在――
「町内マラソン大会、トップは……ダッシュおじさんーーー!!!」
拍手喝采。おじさんは、笑顔でゴールを駆け抜ける。
その横でコータとカナが叫ぶ。
「おじさん! 人生、逃げてなかったね!」
「いや、ちょっとは逃げてるかもな。健康診断とかから」
「逃げてたー!」
でも、その笑顔は、人生に追われるんじゃなく、
人生と並走している大人のものだった。
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