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『ダッシュおじさん、全力疾走の理由』

 町に一人、なぜかいつも走っている男がいる。
 年の頃は50代後半、スーツ姿で、公園でも、商店街でも、常に全力ダッシュ。
 赤信号の前でもギリギリまで走り、止まった瞬間にポケットから飴を取り出す謎のルーティン。

 誰もが彼を「ダッシュおじさん」と呼ぶが、本名を知る者はいない。
 そして今日、ついにその謎が明かされる――かもしれない。

 午前8時17分。小学生のコータとカナは、学校へ向かう途中だった。

「カナ、あのおじさん、また走ってる」

「ホントだ……あれで毎朝だよね」

 おじさんは今日も、道路の端を疾走中。マラソンランナーのような走りでもなく、どこか“急ぎすぎてる会社員”のようでもなく、
“全身が何かから逃げている”ような走りだった。

「この前、ママが言ってたよ。“たぶん人生に追われてるのよ”って」

「人生ってそんなに足速いの……?」

 子どもたちの問いは深い。だが答えはない。

 そのとき、おじさんが何かを落とした。

「カナ、今の見た?」

「見た。あれ……メモ帳?」

 2人が拾い上げると、そこにはびっしりとこう書かれていた。

【8:00】玄関ダッシュ
【8:05】交差点で段差ジャンプ
【8:10】商店街横切り&アイス屋を斜めに突破
【8:15】犬を避けながら前転(軽く)

 タイムスケジュールが“ダッシュイベント”で埋まっている。

 「おもしろい! これ、探偵団の出番だ!」

 コータとカナは、その日から“ダッシュおじさん観察記録”をつけ始めた。

 一週間後。

「コータ、気づいた?」

「うん。おじさん、週に1回だけ“走らない日”がある!」

「それ、木曜!」

 木曜の朝、ダッシュおじさんは歩いていた。いや、正確には“超速歩き”だった。

「……休足日かも」

「でも木曜だけ、コンビニに寄ってるね」

 2人がコンビニに入ると、レジで店員と話すおじさんの姿が。

「今週の記録、更新ならずでした……やはり交差点の段差が……」

「おじさん……なにしてるの……?」

 耳をすませると、レジの横にあったノートに「今週のタイム」と書かれている。
 どうやら、コンビニが“自主記録ボード”を設置していたらしい。

ダッシュおじさん 今週の記録:12分13秒(※全町内一周)

「自分で町内一周コースを設定して、毎週タイムアタックしてたのか……!」

「この人、町内限定アスリートだ!!」

 子どもたちは震えた。尊敬のあまりに。

 翌週、ついに勇気を出して話しかけてみた。

「おじさん! なんで毎日走ってるの?」

 おじさんは、走りながら言った。

「若いうちにね、やりたいこと全部後回しにしてたんだよ」

「うん」

「50超えてから気づいた。“走れるうちに、走っとこう”ってね」

「カッコいい!!」

 おじさんは、手を振って去っていった。

 その背中には「人生は持久走。でも朝はダッシュでいこう」と書かれたゼッケン(自作)。

「コータ、僕たちも走ろう!」

「え? 今?」

「うん! “ダッシュキッズ”になろう!」

 子どもたちはその日から、朝だけ“町内1/4周”を走るようになった。

 次第に町内には“ダッシュおばあちゃん”“ダッシュ郵便配達員”まで現れ、
 気づけば「ダッシュで健康を守る会」が発足していた。

 なお、入会資格は“全力で3メートル走れればOK”。

 そして現在――

「町内マラソン大会、トップは……ダッシュおじさんーーー!!!」

 拍手喝采。おじさんは、笑顔でゴールを駆け抜ける。

 その横でコータとカナが叫ぶ。

「おじさん! 人生、逃げてなかったね!」

「いや、ちょっとは逃げてるかもな。健康診断とかから」

「逃げてたー!」

 でも、その笑顔は、人生に追われるんじゃなく、
人生と並走している大人のものだった。


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