線香花火選手権
夏の終わり、町内会で“最後の大花火大会”が行われるはずだった。
だが、主催者である杉山会長(72)がぽつりとつぶやいた一言で、すべてが変わった。
「ドンパチうるさい花火はもう疲れた。静かな線香花火の大会とか、どうかね」
町内役員たちの顔が凍った。
が、誰一人として逆らえない。なぜなら杉山会長は、町内会の絶対君主。
カラオケ大会で5年連続優勝、ビンゴの景品選びも一任されている男だ。
かくして、第1回全国(町内限定)線香花火選手権が開幕した。
参加者は老若男女計32名。
ルールは簡単、「誰よりも長く線香花火を落とさずに持ち続けた者が勝ち」。
ただし、静寂と集中を尊重するため、無音応援のみ許可。
つまり「ふぁいとー!」も「いけるいける!」も禁止。代わりに拍手も手話で行うという徹底ぶり。
司会を務めるのは、町内最年少・小学5年の佳乃ちゃん(9)。
マイクを持って張り切る。
「さぁ〜!いよいよ始まりますよ〜!日本一、静かで白熱する夏の祭典〜!」
隣にいた放送担当・田中さん(63)が小声でツッコむ。
「マイク使ってんじゃねぇよ」
選手は火を点けると同時に無言でスタンバイ。
しかし中には“魅せる型”にこだわる者もいた。
・「全身黒タイツで気配を消す男」
・「サングラスと白手袋でシンクロナイズド線香を演じる夫婦」
・「火が点いた瞬間だけ自分の人生を見つめ直す男」
とにかく、全員マジだった。
特に強敵と目されたのが、“線香花火の鬼”と呼ばれる小野寺(68)。
彼は言う。
「線香花火は、人生の縮図。火が落ちても、人は立ち上がれる」
誰も聞いていないのに、勝手に泣いていた。
佳乃ちゃん、再びマイクで叫ぶ。
「現在、決勝進出者は3名に絞られました〜!」
・現役美容師の三浦(45)
・ギターしか趣味がない加藤(51)
・そして線香花火の鬼・小野寺(68)
会場は静寂。だがその中に確かに、火花の音だけが響く。
「ジジジジ……パチッ……パチ……」
妙に耳に残るその音に、観客全員がなぜか涙ぐんでいる。
突如、異変が起きた。
加藤(ギター男)の線香花火が、火花を吸収し始めたのだ。
「なんか、光が……小さく……なって……」
吸い込まれるようにスッと消える線香花火。
その姿を見て観客たちがざわつく。
「え、なにこれ、芸術?」
「逆燃えとかあるの?」
「いや逆燃えって物理的にどういう……」
司会の佳乃ちゃんは言う。
「……これ、特別賞でいいんじゃない?」
満場一致だった。
結局、優勝は――
「“火花を最後まで見送ったあと、自らも倒れた男”」小野寺(68)
だが本人は言った。
「勝ち負けじゃない。火花が落ちる瞬間に、自分の“情熱”も落ちた気がしただけだ」
帰り際、彼はコンビニでポカリを買っていた。
それから町内会の花火大会は、毎年線香花火のみになった。
音は静かだが、笑いと涙は毎年盛大だ。
なお、第3回大会からは
・片手に線香花火、片手に短冊(願い事)
・風に逆らって立つ線香花火
・俳句とコラボする線香花火(例:「ぽとり落つ 母の雷と 花火かな」)
など、謎の拡張ルールが追加されている。
最後に、小野寺が言った。
「線香花火ってのは、火がついてるうちに見てやらないとな。
見終わってから“良かった”と思っても、もう煙しか残ってない」
その言葉に、町内会の誰もが黙って頷いた。
……誰かが火薬臭く咳き込む音だけを残して。
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