第140章 熊谷市:クマガヤノカミ、冷感シールに敗北す
熊谷の夏は、熱い。
昼のアスファルトは目玉焼きが焼けるレベル、夕方の自転車はサドルが溶岩と化す。エアコンはフル稼働、コンビニのアイスコーナーは小競り合いが日常。そして、そんな熊谷の暑さを黙って見ていられない神様が、そこにはいた。
「よーし、今年も“涼しさ増し増し祈願”いっくぞーっ!」
──その神、名をクマガヤノカミ。
熊谷の暑さを愛し、暑さに挑むすべての民を応援する、明るく元気な下町系神様である。
ただし、本人は暑がりだ。
「まずは神殿(ビニールハウス)から出よう……これ、夏に住む場所じゃねぇっての……」
神通庁の「予算の都合で仮設」という名目で建てられたプレハブは、太陽光を愛しすぎていた。
朝6時。市内某所、八木橋デパート前。
クマガヤノカミは、市民からの願いチェックを行っていた。
【願い一覧(7月4日)】
・「今年こそ麦茶を常温で飲める体になりますように」
・「家の前のアスファルトが爆発しませんように」
・「冷感シート貼っても、うちの猫がベッタリくっついてきます、なんとかして」
「オッケー、オレに任せろぃ!」
両腕に保冷剤、頭に手ぬぐい、腰にハンディ扇風機をぶらさげ、神様は住宅街に飛び出した。
一軒目、麦茶チャレンジャーの家。
ベランダで麦茶をかき混ぜている小学生がいた。
「ぬるい……ぬるすぎる……」
クマガヤノカミはポケットから“神通氷霊符”を取り出し、そっとコップの底にペタリ。
「なにこれ!?底だけちょっと冷たい!」
「“ちょい冷え”から始めような!」
願い、達成。──かは微妙だが、雰囲気で納得された。
二軒目は道路のヒビ割れ。灼熱でアスファルトが膨張し、いつ割れてもおかしくない。
「ここは……物理で冷やす!!」
クマガヤノカミ、氷の術で道を冷やす。轟々と霜が舞い、5秒後には水たまりに。
「くぅ〜っ、水って……尊い……!」
自分が一番癒されていた。
三軒目、猫。
冷感シートの上に猫がベッタリ。依頼主は汗だくの飼い主。
「どいてくれ〜、せめてお尻だけでも……」
「これは……難易度SS(スーパー神)……!」
クマガヤノカミ、そっと猫に語りかける。
「なあ、おまえも暑いのはイヤだよな……でも、飼い主さんが困ってるんだ。ちょっとだけ、ずれてくれねぇか……?」
猫、チラリとクマガヤノカミを見て──さらに面積を広げて寝そべった。
「意思の強い猫……!」
最終的に、冷感シートを倍に増やして人間の足場を確保。
「神の知恵、ここにあり!」
なお、猫はその後“冷感二等分の術”を習得したらしい。
午後、クマガヤノカミは市役所の広報室に呼ばれていた。
「今年も“熊谷の暑さ対策ポスター”、お願いします!」
「待ってましたぁあああ!」
昨年は「溶ける前に塩と水!」のポーズで採用された彼。今年は──
「扇風機三刀流でいこう!」
首・胸・背中に扇風機を抱え、全力笑顔で撮影に挑む。
「ピースじゃなくて、ミストスプレー吹きます!」
ポスターには《君を守る風神──クマガヤノカミ》の文字。
今年も彼の顔が、市内いたるところに貼られることとなった。
夕方、クマガヤノカミは再び住宅街を巡る。
願いのメモが届く。
【緊急:夕方の買い物で溶けかけてます(主婦)】
スーパー帰りの女性が、買い物袋の中の豆腐を心配していた。
「今だ!!“冷気のワンポイント送風”!」
クマガヤノカミが神風を送ると、豆腐が持ちこたえた。
「すごい……!神風冷却!」
「正確には“神の気まぐれ冷却”だけどな!」
帰り道、近所の子どもたちに声をかけられる。
「クマガヤノカミー!今日も暑さ倒ししてたー?」
「してたとも!でもオレが一番やられてた!」
神様は、そのまま公園の水道で顔を洗う。そこには無言で頭を差し出すサラリーマンも並んでいた。
皆、暑さの仲間だった。
夜。
クマガヤノカミの神殿では、冷感シートと保冷枕、そして扇風機に囲まれた神様が横たわっていた。
「……よし、今日は涼しかった」
気のせいだった。
暑さには強い神様──のはずが、今夜も氷まくらに抱きついて眠るのであった。
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