【bon41:秋田県_秋田おばこと“地味に強い秋田人”】
秋田・大仙市。
盆地に広がる田んぼの海。風鈴の音と共に、ゆったりと時間が流れる町。
「……静かだねぇ」
唯里がぽつりと呟いた。
賑やかな場所が好きな彼女にとって、この静けさは試練にも近い。
「静かなのは良いことです。空気が整理されてます」
明宜が静かに答える。
努力を重ねることが美徳だと信じて疑わない彼は、すでに全員分の宿のチェックインを済ませ、荷物も預けてあった。
「そういうの、ちゃんとやってくれるのありがたいけど……休んでいいのよ?」
深月はカチカチとスマホのメモ帳を見ながら言う。
彼女は、何かしら“目に見える成果”を記録しないと落ち着かないタイプで、すでに今日の移動距離・歩数・言及された方言回数を記録中。
「この“秋田おばこ”って、なんなん? おばこって……小娘?」
隆騎がひょいっと横から現れて、スマホで撮った案内板を拡大していた。
彼は“空気に合わせる天才”であり、常に場の流れに最適化された発言をする。
そこへ、秋田音頭のゆったりとした節が響く。
「あれが〜秋田の〜おばこ〜なら〜」
町内会のスピーカーから流れるだけの音なのに、なぜか踊らされそうになる一同。
「……これ、踊りたくなるの、私だけじゃないよね?」
唯里がうずうずし始め、深月は黙って靴ひもを結び直す。
明宜が言う。
「おばことは“秋田の娘さん”の意。…つまりこれは、“大らかさ”と“しなやかさ”の象徴です。……習得すべきです」
全員がほぼ同時に立ち上がった。
「じゃあさ……まず、“おばこ魂”を踊りで体現しない?」
「なにその雑な提案! ……いいね!!」
結局ノリで決定。
そのまま彼らは、町の広場に向かった。
――だがそこには、黙って踊っている集団が既にいた。
――広場にいたのは、
平均年齢65歳をゆうに超えると思われるご婦人たち。
でも、その踊りが美しいほどに洗練されていた。
「なにこの無音ダンス……!」
唯里が息をのむ。
スピーカーは止まっていた。
けれど、彼女たちは音を聴いていない。体に染みついてる。
「これが……秋田おばこの“型”……」
明宜は背筋を伸ばす。
この瞬間、全員が“師範代”を前にしたような気持ちになっていた。
深月がポツリと漏らす。
「うん……これもう、“踊る”ってより“生きてる”って感じ……」
隆騎がふと見回すと、横のベンチに踊り手とおぼしきおじいさんが座っていた。
「おじいさん、あれって、練習なんですか?」
話しかけると、おじいさんはにやりと笑って答えた。
「んだがらのぉ、それが“本番”だべさ。わしら年寄りにとっちゃ、毎日が“本番”だど」
隆騎、ノックアウト。
「ちょ、ちょっとこれ……“かっこよさ”の定義更新されてない!?」
明宜は腕を組んだ。
「……つまり、“地味に強い”とは、こういうことか」
踊り手のおばこたちは踊りを終えると、ひとりがこちらに歩いてくる。
「踊ってみるが? 秋田おばこ。簡単そうで、難しいど〜」
唯里がびくっとなった。
「む、難しいって……!」
「踊るときはな、心も腰も低くなきゃ、秋田の風に合わねぇ。あと、急にキレッキレだと、目立って恥ずかしいど」
謎の美学である。
深月が踊ってみたが、キビキビしすぎて場に浮いた。
隆騎がやってみると、ふにゃふにゃしすぎて存在が消えた。
唯里がやってみると、なぜか“逆回転”で回りはじめた。
そんな中――
明宜の動きが、静かに、
しかしなぜか、町の風景と“溶けていく”。
「……えっ、なんかこの人、急に“秋田人の親戚”みたいな雰囲気出してない?」
「やばい……一番地味なのに、なぜか一番見ちゃう……!」
秋田おばこたちは言った。
「これよ、これ。空気のように、そこにある踊り。これが“秋田おばこ”の心じゃ」
(bon41:End)
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