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土星に転勤になりまして。

「……転勤先、どこでしたっけ?」

 部長のその一言で、僕の人生は大きく傾いた。いや、傾くというより、完全に軌道を外れた。まさか自分が“あの星”に転勤するなんて、誰が予想できただろう。

「土星だよ、土星。ほら、輪っかのあるやつ。ガスの惑星」

「輪っか……」

「回ってるから、車酔いするかもね〜。ま、頑張って」

 笑顔で言い残し、部長は会議室から去っていった。
 僕は机に突っ伏しながら思った。

 なんで地球に支社を作ったばかりのIT企業が、土星に支店を出すんだ。

 ◆

 3日後、僕は土星支社にいた。

 移動方法? 社用ロケットだ。誰が操縦したのかは聞かないでほしい。パイロットはチャラい新人営業のタケルだった。
「免許持ってないっすけど、ゲームでめっちゃやったんで! 宇宙船シュミレーターとか!」
 ……いや、まず“シミュレーター”のつづり直して。

 無事(?)に土星支社に到着したのは奇跡だった。
 支社といってもプレハブ小屋で、入り口にはなぜか「ようこそサターン支店!」とガチャガチャのフォントで書かれた看板がぶら下がっていた。
 サターンて、ゲーム機じゃないんだから。

 中に入ると、目が合ったのは――タコだった。

「初めまして。総務のタコヤマです」

「いやおかしいでしょ!? タコって海の生き物じゃ……!?」

「失礼ですね。私は土星ネイティブですが?」

 タコヤマさんは器用にマグカップを持ち、ぬるぬると僕の前にコーヒーを差し出した。
 コーヒーはなぜか味噌汁の味がした。錯覚であってほしかった。

「こちらが営業のアンドロイドA-46。略して“アヨム”くんです」

「お世話になります。趣味は昼寝と瞑想とヒューマンウォッチングです」

 しゃべり方にやけに生っぽさがあったが、アンドロイドとのこと。
 というか趣味が渋い。
 そして今気づいたけど、土星支社、人間が僕しかいない。

 ◆

 仕事の内容はいたってシンプルだった。

「では、今日の営業先は“第七リング団地”です。お客さまは“風属性種族”、湿度が苦手なので、手汗にはご注意くださいね」

「僕、常にしっとりしてますけど大丈夫ですか」

「致命的ですね。アヨムくん、対応お願い」

 アンドロイドに営業を任せるのはどうかと思ったが、アヨムくんの接客は完璧だった。

「そちらのシステムには、定期アップデートと輪っか回転率の最適化が含まれております。今なら“水星味プリン”のおまけ付きです」

 風属性種族が謎のフルート音で喜びを表現しながら契約書にサインしていた。
 アヨム、デキる。

 帰り道、アヨムくんがぼそっと言った。

「契約の数より、信頼の質ですよ。人間はよくそれを忘れます」

「お前、誰にプログラムされたの?」

「社長です」

 弊社社長、何者だ。

 ◆

 土星での生活は、意外と快適だった。
 慣れてくると、輪っかの回転も心地よく感じるし、通勤中に見える土星イルカ(イルカのような生物で、リングの中を泳いでいる)には癒される。

 ある日、社用スマホに“地球本社”から通知が届いた。

《おつかれさまです! 土星支社の業績、ものすごく好調とのこと。つきましては、火星支社設立の準備のため、転勤の打診を――》

 即・削除した。

 代わりに、「電波悪くて読めませんでした☆」と返信しておいた。土星の通信事情のせいにすればバレないだろう。

 ◆

 数か月後、ついに新人がやってきた。
 彼の名は――ミカミ。

「えっと、転勤先って……地球じゃなかったんですか?」

「いや、ここだよ、土星」

 ミカミくんの顔が青から緑、最終的に土星色になったのを見て、僕は肩を叩いた。

「安心しろ。ここの味噌汁コーヒー、慣れるとクセになるぞ」

 そう言って、僕はカップを差し出した。タコヤマさん印のやつだ。
 ミカミは泣いていた。たぶん、嬉し涙だと信じたい。

 空には、今日もぐるぐる回るリング。
 地球にはない人間関係(とタコとアンドロイド)が、今日も仕事を支えてくれている。

 ――僕の転勤先は、土星。
 ちょっと遠いけど、案外、居心地は悪くない。

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