涙の出どころ、間違ってます。
「……また、泣いたの?」
会社の給湯室で、パート社員のヨネクラさんが紙コップの紅茶を差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます……あの、ちょっと、昼休みにタマネギ切ってたら……」
「職場でタマネギ切るな」
そう、これは、とある食品会社・開発部で繰り広げられる涙と誤解とタマネギの物語である。
主人公・千波ゆずる(27)は、商品開発部所属。社内では“泣き虫食品クリエイター”として知られていた。
理由は単純である。
開発試作のため、常に大量のタマネギと向き合っているから。
タマネギチップス、タマネギカレー、タマネギソース、タマネギアイス(不採用)。
何かというと、開発部長・花島が言う。
「タマネギだよ、千波くん! 今の時代、タマネギで勝負しなきゃ!」
なぜか彼の頭の中は、毎週“タマネギ革命”が起きている。
ある日、千波が新たに開発したのが、「タマネギキャンディ」。
部長「えっ、それはタマネギ味ってこと?」
千波「いえ、あの……飴の中に……タマネギの輪切りが……」
部長「見た目が悪い!」
千波「やはり」
そうしてボツになったが、その試作品を口にした営業部の栗林が、なんとこう言った。
「……これ、うちの母ちゃんの味に似てる」
どんな家庭だ。
千波は、とうとう決意する。
「私は、タマネギに縛られない商品を開発する!」
翌日、提出された企画書にはこう書かれていた。
『新提案:「ノンオニオン系惣菜」』
内容:
・ピーマンの肉詰め(ピーマン100%)
・カレー(タマネギ抜き)
・ハンバーグ(空気でふくらませたタイプ)
部長が真顔で言った。
「千波くん……君、どうしたの? タマネギに何かされたの?」
「いえ、逆にされ続けてます」
さらに混乱を極めたのが、タマネギ・カプセル事件。
千波が自費で開発した、涙を流さずにタマネギを摂取できるサプリメント。
成分は、乾燥させたタマネギエキスを粉末にしただけ。
だがそれを飲んだ同僚の藤田が、突然「目がしみるッ!!」と叫び、社内が避難訓練になる。
「なに入れた!?」
「タマネギです」
「いや、それは知ってる!」
そんなある日、千波の前に謎の男が現れる。
白衣を着て、手には何本もの細長い野菜――長ネギである。
「君、タマネギに苦しんでいるな?」
「え?」
「私の名はネギ田。ネギ派の者だ」
「そういう派閥、あるんですか?」
ネギ田は言う。
「君は、タマネギという“涙の野菜”に感情を支配されすぎた。そろそろ葱(ネギ)に来なさい。ネギには涙はない。むしろ君に、ほほ笑みをくれる」
その瞬間、千波の脳裏に、ネギトロ巻き、ネギ塩タン、ネギ味噌スープが踊った。
「……たしかに、あれらには涙がない……!」
部長が部屋に飛び込む。
「千波くん、やめろ! それは……ネギ派の勧誘だ!」
社内に巻き起こる、ネギ派 vs タマネギ派の冷戦。
コピー機の横に、「ネギ反対! 涙を忘れるな!」というポスターが貼られ、
給湯室には「ネギ茶あります」と書かれたポットが出現。
千波は言う。
「……どっちも、ただのネギじゃん……」
彼は、ようやく気づく。
「俺、そもそも野菜に向いてないのかも」
そして半年後。
千波は開発部を去り、新天地・デザート部門へ異動。
開発第1号は――
『涙の出ないプリン』
成分は、タマネギ完全不使用。ネギも不使用。
代わりに使ったのは、ココナッツと桃の花の香り。
試食した部長は、静かに目を閉じて言った。
「……これは、泣けるな」
「いや、泣かないために作ったんです」
「うん、でも泣ける。なぜか涙が出る……タマネギ入ってないよね?」
「だから入ってませんって!」
こうして千波は、涙の支配から解き放たれた。
だが今日も彼の机には、誰かが置いた謎のタマネギ1個が転がっている。
誰だ。
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