第137巻 鈴鹿市:スズカノカミ、住宅街でタイムアタック
鈴鹿の朝は、エンジン音から始まる。
……といっても、サーキットじゃない。市内の住宅街である。洗濯機の回る音、スクーターのアイドリング音、新聞配達の軽快なペダルの響き。
その音のすべてを、どこか遠くから見守る存在がいる。
「よし……今日は、0.002秒、縮める」
そう呟いたのは、スズカノカミ。モータースポーツと情熱をこよなく愛する、神様である。
ただし、少し──いや、かなりズレている。
「願いは、速く叶えてこそ意味がある!!」
これは、そんな彼が“神的タイムアタック”に挑んだある朝の記録である。
舞台は、鈴鹿市内某所の住宅街。
スズカノカミは今日も神通パトロール用カートに飛び乗る。ゴーカートサイズで爆音、色は炎のような赤。
「いざ!ご近所さんの願い──全件最速で回収ッッ!!」
スタートボタンを押した瞬間、家々のポストから祈願メモが神様用ナビに飛び込む。
【願い一覧(AM6:03現在)】
「娘がテストで寝坊しませんように」(高橋家)
「洗濯物、今日こそ乾いてくれ」(佐藤家)
「パパの朝カレー、温めすぎないで」(村井家)
「了解ッ!!」
スズカノカミは、ハンドルを切る。曲がる。加速。玄関前スライディング着地。
まずは高橋家。寝坊対策だ。
「神の起床アラーム、発動!」
ドアの隙間から、目覚ましのような霊気を送り込む。カーテンがふわりと揺れた瞬間、女子中学生がムクリと起きた。
「うわっ……なんか目ぇ覚めた!」
願い、達成。
すかさずUターンし、佐藤家へ。洗濯物干し場に立つ。
「鈴鹿の風よ、ここに吹けぇぇぇ!」
神風(合法範囲)を起こし、バスタオルを2秒でバタバタさせる。
「うちのタオル、今日はヤル気あるねぇ」
願い、達成。
三軒目、村井家。
台所に出現し、電子レンジの“温めスタート”を1秒早くキャンセル。
──朝カレー、奇跡のぬるさでサーブ。
願い、達成。
……すべてを終えたとき、時計は6時11分。
「……8分48秒……前回比、-0.4秒。よしッッ!」
もはや神ではなく、スポーツ選手のテンションである。
だが、そこへ一本の“急報願い”が届く。
【6:12 緊急願い】
「息子の上履きが見つかりますように(岸本家)」
「来たか……神速介入案件!」
スズカノカミは踵を返す。岸本家へ最短ルートで突入。玄関を開けた瞬間、少年が泣きそうな顔で叫ぶ。
「ないー!!ないー!!明日も体育館ばきなのヤダー!!」
スズカノカミは目を細める。
(……こういうのは、たいてい……)
棚の裏、布団の下、洗濯機の横──
「……あった!!冷蔵庫の下!」
「なんでそんなとこに!?」
「それが、上履きの流儀だ」
意味はわからないが納得してしまった岸本家。
願い、達成。
この“神様のスピード対応”は、やがて住宅街でうわさになった。
「朝、窓が急に開いたと思ったら、洗濯終わってたのよ」
「うちなんか、リモコン探してたら、ラップにくるまって冷蔵庫の中にあったの。たぶん神様が……隠した?」
情報が錯綜していた。
一方その頃。
スズカノカミは地元小学校の“職業紹介授業”に呼ばれていた。
「今日は、鈴鹿の神様が来てくれました〜」
「よっしゃ!子どもたちに“願いのダッシュ応答”を体験させるぞ!!」
盛り上がる教室。だが──
「神様、願いを言ってもいいんですか?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
子どもたちから飛んできた願いは、
「宿題やってくれ」
「カレーの人参を消してくれ」
「時速400kmで走らせて」
神様、汗だくだった。
「ちょ……おま……道交法……!」
唯一叶えられたのは、「消しゴムを床から出してくれ」だった。
その夜。
神通界の会議室で、他地域の神様たちが騒然としていた。
「スズカノカミ、速すぎるぞ……」
「願い叶え係が“タイムアタック神”になってる」
対策として「願い平均配達時間ランキング」が神通庁で導入されることになった。
──もちろん、スズカノカミは初代トップである。
翌朝。
住宅街でまたカートの音がする。
「さて……今日のベストタイムは──誰の願いからいくかな!」
神様の姿は、今日も風より速かった。
ただし、通学中の小学生に全力で追い抜かれていた。
「……くっ、成長期には勝てねぇ……!」
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