第114章 松本市:マツモトノカミの願い
松本市の古びた町家に、「マツモトノカミ」は住んでいる。
その神様は、いつも時代劇の格好をしていた。烏帽子に直垂(ひたたれ)、そして畳の上にはなぜか等身大の松本城の模型。本人いわく「日々が戦国である」らしいが、最近の戦とはもっぱら「通販のレビュー返信」と「町内会のクイズ大会」に限られていた。
「……ふむ、城の天守閣にWi-Fiルーターを設置するなど、時代が進んだのう……」
神様は模型のてっぺんにちょこんと載った白い箱を見て、ひとりごちた。
そんなところへ、小学校からの帰り道、近所の男子・慎也が入ってきた。
「神様、あのさ……願い事、してもいい?」
「ほほう、そなたの願い、聞いてしんぜよう。しかと申せ」
慎也は少し眉をひそめてから、切り出した。
「……クラスの発表会、歴史の劇なんだけどさ、俺だけ“プリン役”なんだ」
「……プリン?」
「そう。テーマが“松本の歴史と食”で、友達は“開智学校”とか“そば職人”なのに、俺だけ“明治期に初めて松本に伝わった洋菓子の象徴”ってことで……」
「うむ、プリンは尊いぞ。まろやかで、香ばしく、儚くもある……」
「いや、俺、ぜんっぜん納得いってなくて!せめてカッコよく見えるよう、なんかしてくれよ!」
マツモトノカミはふむふむと頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「では、願いを叶えてしんぜよう。劇のプリン役を、荘厳な“武将プリン”とする」
「えっ、武将!?」
「うむ、すべての甘味の中で己の存在意義を問う孤高の武将。“殿(との)プリン”、ここに見参じゃ」
その言葉とともに、慎也の頭には兜、背には「甘味成敗」の旗、腰にはクリーム色の刀が出現した。
「ちょ、これ本番で使えないって!!」
「ならば、舞台で“甘味の道は、かくも厳しいものか……”とでも呟くのじゃ。観客、泣くぞ」
「プリンで泣かすな!」
だが翌週、発表会当日。
劇の最終場面。かつて松本にやってきた異文化・プリンの登場を、観客は微笑ましく見守っていた……が。
「……拙者、プリンでござる」
慎也は登場するや、華麗に回転して登壇。マントを翻し、「甘味成敗」の旗を掲げた。
「この地に甘味文化を根付かせし者、その名は我なり。カラメルのごとく熱く、牛乳のように優しく――いざ、甘味の夜明けを!」
その瞬間、体育館全体が静まり返り――
次の瞬間、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「なにあれ……!」
「プリンの概念、変わった……!」
「武将だったんだ、プリン……!」
担任の先生は小声で「想定外にもほどがある……」と呟いていたが、観客は拍手喝采だった。
発表会後、慎也は照れながらも笑っていた。
「……なんか、すごかったな俺」
観客席の後方、城模型の影からこっそりと見守っていたマツモトノカミは、そっと頷いた。
「人が歴史に名を刻むとき、それは役柄ではなく“気迫”が為すものじゃ。たとえそれが……プリンであろうともな」
その日から慎也は「プリン殿」と呼ばれ、地元スーパーのプリン売り場のPOPに顔写真を使われたとか、使われなかったとか――
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