第56巻 豊田市:トヨタノカミの願い
その神社には「一回の願いでネジ一本まで指定しないと叶わない」と噂されていた。
愛知県豊田市。誰もが知る自動車の街。その中心にひっそりと鎮座する「部品神社(ぶひんじんじゃ)」には、トヨタノカミという、非常に几帳面な神様がいる。
神様なのに、願いを叶えるのに「仕様書」が必要なのだ。
「願いを叶えていただけると聞いて……えっと、“彼女が欲しい”んですけど」
やってきたのは、地元の工場に勤める22歳、渡辺修平。髪はぼさぼさ、顔もどこか眠そうで、手にはコンビニの袋。願い事を伝えると、社務所の奥から出てきた神様が開口一番こう言った。
「それでは不合格です」
「えっ、なにが!?」
「まず、“彼女”という単語が抽象的です。スペック定義が不十分。年齢範囲、性格傾向、共通の趣味など、JIS規格レベルで詳細を提出してください」
「……神様、JISで恋人定義しないでください」
「仕様が曖昧な願いは、重大トラブルの原因になります。こちらとしても納品後の返品対応は避けたい」
「返品て!?」
トヨタノカミは、髪をキッチリ分け、白い作業服のような神衣に、腰には三色ボールペンとスケール(物差し)を差していた。神棚には御神酒ではなく、潤滑油の缶が祀られている。
願い事を聞くと、すぐ「要件定義フェーズ」に入り、ヒアリングシートを提出させる。そこには「理想の週末スケジュール」「食の嗜好」「金銭感覚とのズレ許容範囲」など、圧巻の質問項目が並ぶ。
渡辺は必死に記入し、二日後に提出。
「では、これを元に組立に入ります。納期は最短で三週間後」
「なんか、めちゃくちゃ機械的ですね」
「神様とは、精密であるべきものです」
そして三週間後、神様は厳かな口調でこう言った。
「願いは叶えました。“あなたが理想と定義した仕様に最も近似する人物”との出会いが、明日14時32分、イオンシネマ豊田前で発生します」
「うわー、具体的!」
「ただし、開場は14時30分ですので、事前にチケット取得と座席指定をお願いします。遅刻すると納品トラブルになります」
「神様のくせに“納品トラブル”って言うのやめて?」
そして運命の日。修平は、神様の言う通りに早めに現地到着。ふと目の前に現れたのは、チケット売り場でスマホを落とし、慌てて拾っていた一人の女性。
彼女も「映画館には14時15分到着派」「ポップコーンは塩味オンリー」「映画中は話しかけない契約派」など、まさかの価値観ドンピシャ。
映画を観たあと、カフェに寄って話してみたら――
「えっ、実は私も“彼氏が欲しい”って願ったんですけど、“神様からフォーム書けって言われて”」
「それ、俺も!」
二人は見事に、トヨタノカミの“対向部品”だった。
後日、社務所に礼参りに行った修平が、「願いって、こんな形で叶うんですね」と言うと、神様は一言、
「仕様書は、心の設計図ですから」
と、言って書類をパチンと閉じた。
人の想いは不確かで、願いは曖昧になりがち。でも――少し手間をかけて、ちゃんと言葉にできたら。
それは、きっと神様にとっても“組み立てやすい”夢なのかもしれない。
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