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【bon35:和歌山県_紀州おんどと“地面に吸われた靴”】

 和歌山の夏の夕暮れ。
 軒先に風鈴が揺れ、紀州おんどの音色が静かに広がる。
「さあ、これぞ日本の踊り――優雅さと、歴史の風格の融合よ……!」
 妙に文学調で語っているのは、紀摘夏
 本で読んだ知識に基づいて、完璧な踊りを目指す“学者肌”。
 そしてその隣で、正慶が言った。
「まあ、とにかく動いてりゃ何とかなるって! 転んでもおもろいし!」
 あっという間に全力ターン → 足がズボッと地面に埋まる音がした。
「ちょっ、おい、なんか地面ゆるいんだけど!?」
 見れば、正慶の片足がまるごと地面に吸われていた。
「それ、たぶん雨水でできた土壌の空洞。紀州おんどで深掘りされた可能性が――」
「ちょっと待って、盆踊りで“地盤沈下”って聞いたことないぞ!?」
 しかもその横を、さち代が優雅に歩いて通りすがる。
「あらあら、正慶くん、また埋まってるのねえ。誰かスコップ持ってる?」
「え、えっ? この事態、常連扱い!?」
 しかし、そんな騒動をものともせず、周囲の大人たちは涼しい顔で踊り続ける。
「……これが、“紀州の包容力”ってやつか……」
「違うと思うよ!」



「なあ……俺、片足で踊り続けたら伝説にならん?」
 土に半分埋まりながらも、なおポジティブな正慶。
 だがその横で、紀摘夏は冷や汗を流していた。
「違うの……このままだと、靴だけじゃなくて、あなたの“足首”まで失われる可能性があるの……!」
「こわっ!? そんな本に書いてあった!?」
「あるわよ。“盆踊りにおける局所的液状化現象とその対応策”。去年の論文!」
「そんなニッチな研究してる人いたの!?」
 そこに、一洋が大声で登場した。
「いいからとにかく――みんな呼んできたぞォォォ!」
 現れたのは、近所の消防団、地域の土木チーム、そしてなぜかカラオケ大会帰りのギターおじさん。
「このままじゃ“正慶の足ごと新しい温泉掘削”ってことになりかねんぞ!」
「やめて!? 俺、源泉じゃないから!!」
 さち代がのんびりとマイクを握って、呼びかける。
「え〜皆さま〜。ただいま“踊りの熱気により地盤が柔らかくなってしまいました”。次の踊りの輪は一歩内側でお願いいたしま〜す」
「そんなアナウンスある!?」
 結果的に、正慶は“盆踊り中に一部埋まった第一号”として、
 記念写真に囲まれた。
 紀摘夏は、その様子を見ながら手帳に何か書き込む。
「うん……“踊りすぎ注意。熱狂と地盤は紙一重”……これは研究報告書のタイトルに使えるわね」
「誰かこの“紀州おんど理論”を止めてくれーっ!」
(bon35:End)


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