ここ、受験会場ですよね?(ドラムセットを除く)
都内某大学の入試当日、午前8時。
受験生の健吾は、肩にギターケースを背負い、スネアドラムを転がしながら試験会場に到着した。
「……あれ?」
妙に静かだ。誰もピックの音を鳴らしていないし、ボーカルの発声練習も聞こえない。
受付の職員が、ぎょっとした顔で彼を見た。
「き、君、それは……?」
「はい、フルセットの半分です」
「いや、試験用具じゃないでしょ!」
「えっ?だって、ここって“音大の会場”じゃないんですか?」
「ここは、経済学部の試験会場です!」
「オー、マイ、ゴッ……ドラム」
*
それから数分後、さらに2人の受験生が到着した。
ひとりはキーボードを抱え、もうひとりはベースアンプを背負っている。
「おはよー、健吾。まさか、忘れてないよね? 今日、“決戦の日”でしょ!」
「……それ、たぶん意味が違う“決戦”だわ」
到着した2人は、親友の紗凪(ボーカル志望)と桃矢(天才肌のベース担当)。
どうやら3人そろって「受験日を音大と勘違いした」という奇跡的な事故だった。
「どうするよ、これ……今からじゃ会場も移動できないぞ?」
「でもほら、試験ってさ、“個性”とか“表現力”も問われるんじゃない?」
「いや、経済学部に“情熱のギターソロ”とかいらないから!」
「でも、“市場の動向をグルーヴで語る”とかできそうじゃない?」
「ないわよ!」
*
結局、持ってきた楽器はロッカーに預け、3人はそのまま一般入試を受けることに。
だが試験中、健吾の脳内には音楽が流れていた。
(この設問……テンポ120の四分打ち……)
(問題3……コード進行がA→E→F#m→Dだな……違う違う、これ経済問題!)
隣の紗凪も、問題文を見ていちいちつぶやいていた。
「このグラフ、ラップで説明したら覚えやすそう……」
「黙って!」
*
試験が終わった後。
廊下で、試験監督の千映美が3人を呼び止めた。
「あなたたち……さっき“音大と間違えてた”って言ってたけど、本気?」
「本気です。死ぬほど本気で間違えました」
「じゃあ、この答案用紙の“自由記述欄”に書いた歌詞みたいな文章は……?」
「リリックです!」
「“供給と需要のスパイラル、それが資本主義のファイナル!”って何よ!」
*
普通なら怒られるところだが、千映美は笑っていた。
「……まぁいいわ。ちゃんと最後まで書いたし、試験も時間内に終えてたし。音大志望なら、文章力も見られるしね」
「えっ、もしかして、許されてる?」
「ただし……来年は間違えないようにね」
そのひと言が、地味に一番刺さった。
*
その後、3人は控室で会話していた。
「……で、どうする?来年こそちゃんと音大受ける?」
「うーん、でも案外、“経済ロック”ってジャンル、流行るかもよ?」
「需要ある?」
「たぶんないけど、“供給”だけはしてみたいなって」
「また経済ネタ持ってきた!」
桃矢は相変わらず温厚に笑いながら、「でも、今日のミスは悪くなかったかもな」とつぶやいた。
「たしかに。緊張してたけど、妙にリラックスして試験受けられたし」
「“自分らしさ”って、どこでも発揮できるんだなぁ……」
そのとき、ドアが開いてスタッフが入ってきた。
「すみません、あなたたち、さっきロッカーにドラムとベースと……なんですか?カズー?」
「いや、アコーディオンです」
「それら“忘れ物扱い”になってまして……」
「一番忘れちゃいけないの忘れてたーーー!」
*
結局、3人はそのまま構内の中庭で“謝罪ライブ”をやることになった。
タイトルは「受験ミスってごめんねアコースティック」。
客は4人、うち2人が職員。
だが、それでも心に残る一曲になった。
次の年、彼らは本当に音大に合格した。
試験にはギターは持ち込まなかったが、代わりに“間違えても前向きに笑える力”を持っていた。
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