ただ整えるだけって言ったのに
美容院に行く理由は、明白だった。
「髪の毛がまとまらない」
5月末、気温は28度。湿度は75%。
朝セットしても、家を出た瞬間に“爆発”する。
鏡の前で見た自分の頭は、もはや“バクハツ五郎”である。
私は予約サイトを開き、口コミ★4.8のサロンを探し出した。
レビューに書いてある。
「丁寧で優しい美容師さん!」
「イメージ通りの仕上がり!」
「居心地がよくてリピ決定!」
──よし、ここだ。
~第一章:シャンプー台での沈黙~
当日、サロンのドアをくぐる。
受付で問診票を書いていると、
担当の美容師さん(たぶん20代後半)が登場。笑顔が爽やか。
「今日はどんな感じにしますか〜?」
私は、いつものセリフを言う。
「重くなってきたので、軽く整える感じで……」
──大丈夫、これだけなら伝わるはず。
「バッサリ切って」は言ってない。整えるだけ。
まずはシャンプー。
……この時間、緊張する。
顔に布が乗せられ、頭が後ろに倒され、
なんとも言えない“無防備タイム”。
シャワーの温度が最初ちょっと熱くて心の中で叫ぶ。
「アツアツアツ……(言えない)」
~第二章:鏡越しのプレッシャー~
シャンプー後、席に案内されてカット開始。
美容師さんの手にはハサミが光る。
「髪質、結構やわらかいですね〜」
「湿気で広がっちゃうタイプかな?」
「うーん、ここ、ちょっとクセありますね」
その分析、全部合ってるけど、テンション上がらない。
会話が始まる。
「お仕事って、リモートですか〜?」
きた、これだ。
美容院名物、“会話プレッシャー”。
私は極力、短文で返す。
でも、会話が続く。
「最近どこか出かけました?」
「いや、特に……」
「じゃあ、今欲しいものとかあります?」
──ここ、カウンセリングルームじゃないよね?
~第三章:鏡に映る、自分じゃない何か~
カットが進む。
少しずつ髪が落ちる。
たしかに、軽くなっている感じはする。
が──鏡の中の自分が、なんか違う。
「あれ?なんかサイド、すごく短くない?」
「襟足、消えかけてない?」
「前髪……パッツン寄りじゃない?」
……おかしい。
「整える」って言ったよね、私。
~第四章:「ちょっとだけ」の怖さ~
美容師さんが言った。
「ちょっと段入れときました〜」
「前髪も軽くしときました〜」
「毛量も取ったんで、すっきりしたと思います!」
──つまり、全部ちょっとずつやって、結果的にガッツリ変わってるパターン。
美容師さんの「ちょっと」は、我々の「かなり」である。
~第五章:スタイリングという幻術~
仕上げタイム。
「じゃあ、ワックスで動き出しますね〜」
あれこれ捏ね回され、スプレーされ、
完成した姿は……
「誰これ?」
え、俳優のイケメン風になってる?
前髪、上がってる?
後ろ、ピタッと収まってる!?
しかし私は知っている。
これ、明日自分では再現できないやつだ。
~第六章:家に帰ると、いつもの自分~
帰宅後、手ぐしで髪を直そうとしたら、
スタイリング剤がガチガチで、指が通らない。
シャワーを浴びて、髪を乾かすと──
「爆発、再来」
うん、戻ったね。
ちょっと短くなった分、より立体的に爆発してる。
結論:
「整える」だけでは、美容師には伝わらない
美容師の「ちょっと」は信用してはいけない
スタイリング後は“夢”、洗髪後が“現実”
美容院の鏡は、現実を見せない魔鏡
最終章:また2ヶ月後に後悔する
こうして私は、
「まぁ、伸びればマシになるっしょ」というおなじみの言い訳とともに、
鏡を見ながら髪を結んだ。
そしてスマホのカレンダーに、こう記した。
「7月末、また整える」
──成長してない。
でもそれが、人間。
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