見出し画像

第9話 西船橋駅の駅神様

 西船橋駅――通称「西船」。乗り入れる路線は、JR総武線・武蔵野線・京葉線、さらに東京メトロ東西線、東葉高速鉄道。もう名前を聞くだけで息切れしそうなほどの複雑さである。

 そんな巨大ハブを守る駅神様は、やたらと早口でおしゃべり好き。法被にハチマキ、背中には「交通整理」と大書きされたゼッケンを背負い、毎日ひとりで勝手に実況をしている。

「はいはいやってまいりました朝ラッシュ! 総武線快速からの乗り換え組、右に流れて左に折れて突き進む! あっそこの学生さん、カバン開いてますよー! おっとっと、教科書がばらまかれる! でも大丈夫、隣のサラリーマンがナイスキャッチ!」

 神様の声は人間には届かないが、そのテンションは確かに人波に影響を与えていた。落ちた教科書は無事に持ち主の手に戻り、サラリーマンは自分でも理由が分からないままドヤ顔になっている。

「はい次っ! 地下鉄東西線の改札前、観光客の団体が止まったー! 質問はおそらく『舞浜はどこ?』! はいはい、こっち! 流れを崩さず案内板をチカチカ点灯させる~! よし、皆そろってディズニーへゴー!」

 駅神様はマイクを持ったつもりで手を振り回し、梁の上を走り回る。

 が、問題は午後。

 武蔵野線から京葉線に乗り換えようとした人々が、延々と続くホームに辟易していた。
「……長いな」
「これ、ウォーキングじゃない?」
「もう舞浜着くんじゃない?」

 その愚痴を聞いた駅神様は、額に汗を浮かべながら叫んだ。
「す、すみません! こればっかりは僕のせいじゃないんです! 駅の構造がそうなってるだけなんです! ほら、頑張って! あとちょっとで京葉線!」

 けれど人々は歩き続けながらも半笑い。やがて子どもが「探検みたいだね!」と声をあげると、空気が少しだけ軽くなった。駅神様はその一言に救われたように、ゼッケンを直して深呼吸する。

「そうそう! ここは日本最大級の“迷宮駅”なんだから、探検気分で楽しまないと!」

 夕方、改札を抜ける親子連れが「東西線? JR? 東葉高速?」と首をかしげた。駅神様は「説明しても混乱するな……」と悩んだ末、近くにいた地元高校生の足をちょっと滑らせた。彼は思わず親子の横に立ち、自然な流れで「ディズニーならこっちっす」と声をかける。親子はにっこり笑顔になり、高校生はなぜかヒーロー気分。

「よーし、今日も一件落着!」

 だが、神様には一つだけ大きな悩みがあった。

「……ねえ、誰がここを“西船”って略したの? “にしふな”って呼ばれるたびに、なんか競走馬みたいで落ち着かないんだけど」

 神様がぼやいた瞬間、改札の向こうから本当に競馬新聞を小脇に抱えたおじさんが歩いてきた。船橋競馬場帰りらしい。

「……あ、そういうことね」

 神様は納得したような、余計にモヤモヤしたような顔で団扇をぱたぱた。

 夜、乗り換え客がようやく減り、ホームに静けさが戻る。
 神様は梁の上に寝転び、実況アナウンサーさながらに今日を振り返った。

「本日の西船橋駅、走行距離は二千歩、乗り換え成功率八割五分、迷子率一割二分。皆さま、本日もお疲れさまでした! 明日も元気に迷子になってください!」

 その声は人間には届かない。けれど不思議と、西船橋駅を出ていく人々の背中は、どこか軽やかに見えた。


いいなと思ったら応援しよう!

Goldness 楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。