【bon10:新潟県_佐渡おけさと無言のレッスン地獄】
「おけさ船……って、もっと優雅なもんじゃなかったっけ?」
拓朗が、ぐらんぐらんと揺れる船内で顔を真っ青にしていた。
「ええと……この船、たぶん通常運転ですよ?」
はづきが冷静に言うが、床に這いつくばっている拓朗の耳には届かない。
「さすが佐渡島……移動手段がすでに試練……」
小百合は紙袋を差し出しながら、雄大のテンションに目をやる。
「おーけっさ、おけっさ~♪ こら佐渡へぇ~渡る~♪」
完全に船の揺れに乗って踊っている。むしろ酔いがプラスになっているようだった。
「たまにこの人、振動でバフかかるよね……」
ジャニヤがあきれた目でつぶやく。
そして――佐渡島上陸。
その日、港町では「佐渡おけさ体験教室」が開催されていた。
地元の先生は……桜季子。口数少なく、目線は厳しく、動きだけで全てを語る。
「では、皆さん。私の動きに、合わせて」
全員、直立不動。先生、無言で一歩、前へ出る。腕を滑らせるように広げ、足を引く。
「……え、これが、開始の合図!?」
美琴が戸惑って声を出すと、桜季子がじっと睨んだ。圧がすごい。
「これは、“音のないプレリュード”だと思って」
啓がなぜか納得していた。
数分後、地獄が始まった。
先生は一切喋らない。身振りだけで教えてくる。そして、ミスした者には――
黙って、前に立って、3秒間じっと見つめる。
「やめて……それが一番……怖い……!」
美琴は膝から崩れ落ち、拓朗は「無言の圧で体温が3℃下がった」とレポートを書き始めていた。
そんな中、ひとりだけ順応していた者がいた。
「……おけっさ、おけっさ……」
そうつぶやきながら、雄大が先生の動きを完コピしていた。しかも、自然。
無言の中で、踊りだけが交差する。先生と雄大。まるで、踊りそのものが会話になっていた。
「……うそでしょ……?」
ジャニヤが小声でつぶやく。
「今日の雄大、踊りが“しんみり”してる……」
「いや、むしろ……あの人、哀愁吸収してない?」
小百合がじっと雄大を見つめる。
踊りは確かに正確。だがそれ以上に、「佐渡おけさ」が持つ哀しさ、遠さ、潮風のにおいまでもが雄大の動きににじみ出ている。
「……なんだよ、今日の雄大……カッコよくない……?」
美琴がちょっと悔しそうに言った。
無言のまま、踊り続ける雄大と桜季子。
やがて、曲が終わり――先生が、ほんの一瞬、口元だけで笑った。
「……合格です」
その瞬間、全員がズコーッと倒れた。
「今しゃべったー!?」
「その一言に至るまでのレッスン、何分かかってんの!?」
「この人……“リスペクト型サイレントモンスター”だ……」
ジャニヤが恐れおののく。
踊り終わった雄大は、静かに深呼吸して言った。
「いや……佐渡おけさ、魂がすごかった。なんか、“背中で語る系の人生”ってこういう感じなんだなって……」
「お前、今日だけ別人か?」
拓朗が頭を抱える。
その日の夕暮れ、佐渡の港にて。
地元のおばあちゃんが雄大に話しかけた。
「……あんた、昔の船乗りに似とるねえ」
「え?俺がですか?」
「うん。ほら……しゃべらんけど、踊ればわかるタイプ」
「……あっ、先生みたいな?」
「いや、あんたは……もっとおしゃべりそうだったけど、今日は黙って踊っとった」
そう言って笑ったおばあちゃんの目に、リスペクトがにじんでいた。
そして、踊り手たちが旅立つとき。
桜季子が、雄大にだけ、小さな紙を手渡した。
――「また、踊りに来なさい」
文字はそれだけ。
でも、それ以上の言葉は、きっといらなかった。
(bon10:End)
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