『くらくら課長と回転寿司』
「すいません……回ってるの見てたら、くらくらしてきました……」
と、課長は言った。
部署の歓送迎会。なぜか会場は回転寿司。個室もなければ、予約もない。寿司がひたすら回っている。
なのに、なぜか一人だけ止まっていたのだ。
――くらくら課長。
本名・蔵倉一彦、49歳。勤続27年の中間管理職。特技:めまい。口癖は「動くものを見ると動けなくなる」。
* * *
「すいません、課長、何も食べてませんけど……」
「うん……あれが……回ってて……ねぇ……」
視線の先には、シャリを2つ背負ったサーモン軍艦が、うやうやしく旋回中。赤い皿のくせに高級ぶっている。
「課長、サーモンくらいでクラッとしないでください」
「いや、これは寿司じゃない。円の呪いだ」
円の呪い。
すでに概念がおかしい。
「じゃああれどうです? 固定メニュー注文パネル」
「あれは……ボタンが動いている」
「いや、液晶タッチです」
「動いてるものは、信用しない主義なんだ」
(じゃあなぜ回転寿司に来たのか)
後輩たちはそっと目をそらした。
* * *
一方、回転寿司初心者の新入社員・笹原は、テンションMAXだった。
「課長! 僕、15皿いきました! くらくらどころか、くらくらくらら! って感じっすよ!」
「うるさいな、三段活用するな……」
「課長も何か食べてくださいよ! ハマチ! タイ! あ、回るミニラーメンもありますよ!」
「それが問題なんだ……ラーメンは、走ってはいけない」
「いや、皿の上に乗ってるだけです」
そのとき、寿司レーンの端から突然、「プリン」が現れた。
つるんとしたその姿。黄色のボディに、カラメルの帽子。なぜか異様に存在感がある。
「……プリン……?」
課長の表情が変わった。
「……あれは……揺れていない……?」
「え、課長……?」
「おい、誰か……取ってくれ……!」
歓喜に震えた。
ついに、課長が動く。
後輩がさっとプリン皿を取り、課長の前に差し出す。
「……これが……静止したスイーツか……」
「課長、それ普通のプリンです」
「いや……こいつだけは、何も回っていないように見えた……目が、合ったんだ……」
誰も、プリンに見つめられた経験はない。
課長はスプーンを持ち、一口食べた。
「……やばい、脳がととのう……!」
(回転寿司で整う男、初めて見た……)
それが、くらくら課長の新たなるフェーズだった。
* * *
その後、プリンを食べた課長は、徐々に寿司に手を伸ばし始めた。
「よし……次は、あのマグロ……いける……!」
「課長、でもそれ、すでに1周してますよ」
「大丈夫。俺の視界では“静止してた風”だ……!」
もはや視覚が信用できない。
1時間後、課長はついに“追いプリン”まで達成していた。
「……プリン……二段構え……ふふ……もはや回転など幻……」
もはや“幻覚寿司道”に突入している。
一方、後輩たちはというと――
「僕、30皿目指します!」
「なに、俺は“わさびチャレンジ”でいく!」
「待て! デザートゾーン行こうぜ!」
「パフェは飲み物!」
地味な地方自治体の環境整備課とは思えないほど、カオスな会になっていた。
その様子を、課長はプリンを片手に見つめていた。
「……いいチームだな……みんな……回ってるけど……心はまっすぐだ……」
わけのわからない褒め方が飛び出した。
* * *
閉店間際、満腹で座席から立ち上がろうとしたそのとき――
「うっ……!」
課長が、頭を押さえた。
「どうしました!?」
「……さっきのプリンが……もう一度、回ってきた……」
「それ、3個目ですよ課長!」
「いや……あいつは、1個目の“再転生”だ……」
「意味がわかりません!」
だが、次の瞬間、課長はふっと笑った。
「……だがもう、大丈夫だ。俺は……プリンで回転を克服した……!」
「回転寿司でそんな成長する人、初めて見ましたよ!」
歓声が上がる中、課長はゆっくりと、プリンに向かって敬礼した。
「ありがとう。君が俺の……人生の止まった回転レーンを動かしてくれたんだ……」
それはまるで、映画のエンディングのようだった。
たぶん、ジャンルはサスペンス。
* * *
帰り道。
「課長、来月の会場、どこにします?」
「うーん……ベルトコンベアがないと落ち着かないな……」
「課長、それ“くらくら症候群”が進行してますって!」
こうして、ひとりの男が回転を克服し、回転に依存するようになった。
そしてこの物語は、今日もまた、どこかのレーンで回っている。
くらくら。
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