『金髪の女神は、回転寿司で神降臨』
金曜夜、駅前の回転寿司チェーン「くるくる味丸」に、一人の謎の女性が現れた。
スラリとした長身、真っ赤なワンピース、そして――まぶしいほどの金髪。
「いらっしゃいませ〜……っ!? え、あの、海外の方……?」
慌てて英語モードに切り替えかけた店員の山田だったが、金髪の彼女はぺこりと頭を下げて、流暢な日本語で言った。
「ひとりです。たまご、ありますか?」
その声は澄みきった渓流のようで、店内の空気がふっと清らかになった気がした。だが、座るなり彼女はこう続けた。
「私、今日、怒っています。全力で食べます」
……どうやら、タダモノではなさそうだった。
山田は即座に察した。「この方、金髪の女神系クレーム爆弾の可能性あり」と。
しかし、違った。女神は本当にただ、回転寿司に全力だった。
注文のペースがすごい。
「えんがわ、二枚!」「茶碗蒸し、あと二つください」「ガリ、単品で五皿もらえます?」
その眼差しはまるで戦場に立つ将軍、否、寿司に命を捧げる覚者。
そして何より、食べる姿が……なんというか、尊かった。
「……これは……回転寿司界に舞い降りた、清らかな爆食天使……!」
厨房の板前たちも、気づけばいつしか彼女を中心にチームが一丸となっていた。
「よし、彼女に最高の炙りを提供するぞ!」
「シャリの温度、1度上げとけ!口内での溶け方が違う!」
そしてついに事件は起きる。
「おかわり、茶碗蒸し……あれ?さっきのと味が、違いますね?」
厨房、凍る。
板前・高橋、震える手で小声で告げた。
「……出汁、切れました。ほんだし、足しちゃいました」
「女神様は、気づいたのか」
「やはり本物だ……」
山田は心の中で土下座した。だが、彼女は微笑んだ。
「おいしいですよ。ただ、さっきのほうがちょっと好きなだけ」
その瞬間、厨房から拍手が起きた。なぜかBGMが「歓喜の歌」に切り替わっていた。
だが、彼女は笑顔のまま、ふと真顔になった。
「でも、今日ここに来たのは、理由があるんです」
山田はのどを鳴らした。「これは……クレームターンか!?」
「実は、付き合ってた彼がですね、“寿司を箸で食べる女って冷める”って言ったんです」
山田、言葉を失う。
「だから言ってやったんです。“じゃあ、私は醤油さしを口で吸う女になります!”って」
彼女は本当にその場で吸ったらしい。しかも盛大にむせた。
「そのまま、破局しました」
「……それは、寿司関係ないのでは……」
「でもね、別れた瞬間、味覚が戻ったんです!うにがうまいって初めて思えた!」
「うに関係!?そんな解放ある!?」
そこからの彼女は、もはや止まらなかった。
ラストオーダーで店員が近づいた瞬間、彼女は寿司をひとにぎり手でつかみ、掲げた。
「私は、誰のためでもなく、私のためにこの軍艦を食べる!!」
「自分寿司宣言きたー!!」
店内から拍手が起きる。近くの親子連れがつられて拍手。
サラリーマンたちが立ち上がって「応援してます」と言い残し、去っていった。
……最終的に、金髪の女神が食べた寿司は48皿。茶碗蒸しは5個。
そして、支払いのとき、彼女は言った。
「今日、少しだけ、救われました」
……なんでだよ。
けれど、その顔は本当にスッキリしていて、山田は思わず答えた。
「また、お越しください。次はもっと、ガリ用意しておきます」
こうして、金髪の女神は去った。駅の改札を抜けるその後ろ姿に、まるで白い羽が見えた気がした。
翌日、「くるくる味丸」では「ガリ倍フェア」が始まった。店長の一声によるものだ。
だれかのためではない。
自分の箸で、自分の寿司を楽しむこと。
それを知った夜だった。
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