マラカスで職質される男
「やっぱ、音楽って自由だと思うんだよね」
そう言ってマラカスを振るのは、町内でもちょっと名の知れた“リズム歩行者”、三宅ゴロー(みやけごろー・43歳)。
会社を早期退職したあと、何を思ったか彼はマラカスとともに生きる決意をし、毎日リズムに合わせて歩いていた。
とにかく、歩く歩く。振る振る。
スーパーの帰り道もシャカシャカ、病院の待合室でもシャカシャカ。
犬の散歩中の人に「どこのバンドの方ですか?」と聞かれたこともある。
だが、音楽とは時に、社会のノイズでもある。
「ちょっとあなた!」
町内会の若頭・桑原がすっ飛んできた。
彼は普段から「騒音には厳しく、盆踊りには甘い」で有名だ。
「そのマラカス、どこで使ってるんだ」
「道路です」
「……やっぱりな」
やがて町の掲示板には張り紙が出る。
【お願い】
最近、通行中に“シャカシャカ音”が発生しており、犬が混乱しています。
夜9時以降のマラカス演奏はご遠慮ください。
ゴローは困惑した。
「これは演奏じゃない……これは生活なんだ……!」
彼の主張は「おにぎりを持つのと同じ。たまたま中身がリズムだっただけ」である。
だが事態はさらに悪化する。
ある日、公園でシャカシャカしていたところ、後ろから肩を叩かれる。
「すみません、警察ですが」
まさかの職務質問である。
「このマラカスで何を?」
「散歩です」
「用途が、すでに不審です」
警察署での事情聴取は異例のリズム形式となった。
「なぜマラカスを振っていたのか」
「テンポがあったからです」
「誰かと共謀していましたか」
「いや、私はソロアーティストです」
結果、釈放されたが、町内ではすでに“マラカス男”の名が広まっていた。
しかし、彼には夢があった。
「マラカスを正しく評価される世界を創りたい!」
ある日、彼は駅前で突然“マラカスワークショップ”を始めた。
子供にマラカスを配り、振らせる。
おばあちゃんにも配り、なんかリウマチが軽くなった気がする(気がするだけ)と言わせる。
だが、またもや警察が登場。
「許可は? 許可出してませんよ?」
「振ってるだけなんです!」
「群衆です!」
その日の夜、ゴローは落ち込んだ。
「マラカスは……罪なのか……」
しかし、彼の元に現れたのは――
「そのビート、わかるよ」
町のパン屋・岡崎(67)が、ベレー帽とカスタネットを持って立っていた。
「俺も……リズムを抑えて生きてきた。だがもう抑えない!」
こうして、即興中高年リズム隊(仮)が発足した。
ゴロー(マラカス)
岡崎(カスタネット)
静香ばあちゃん(洗濯板)
田辺じいちゃん(三角定規)
全員リズム感は皆無だが、情熱は100点だった。
月日は流れ、「第1回 下町グルーヴまつり」が開催される。
ゲスト:リズム隊(仮)
演目:「人生のシャカシャカをあなたに」
観客の反応は――
「よくわからないけど泣ける!」
「義母が一緒に踊りだした!」
「犬も吠えずに聞き入ってた!」
警察もパトカー越しに拍手していた。マラカスって、すごい。
現在、ゴローは町の公認マラカサー(謎の称号)として、子ども会の体操音楽も担当している。
彼の名言はこうだ。
「人生にリズムはつきものさ。ただ、それがちょっとうるさいだけだ」
そして今も、シャカシャカ音が町のどこかで聞こえてくる。
それがゴロー。
それがマラカス人生――
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