『ショートケーキ会議室』
午後3時、会社の第3会議室には、4人の社員と――1個のショートケーキがいた。
「……で、これはいったい誰のなんですか?」
部長の小松が腕を組み、テーブル中央に鎮座するケーキを睨みつけている。まるで犯人を追い詰める刑事のようだ。
そのケーキは、小さな白い箱に入っていた。開けると、見事な苺のショートケーキ。スポンジの断層が神々しく、クリームはまるで雲のようにふわふわしている。
だが、それが問題なのだ。
「冷蔵庫に入ってたんだ。名前もメモもない。だから俺は『期限切れ』の可能性も考えて、ここに持ってきたんだぞ?」
持ってきた張本人、経理の東條が言い訳のように口を開いた。
「それ、俺が買ったやつじゃないかって思ったけど、俺のはモンブランだったわ」と言うのは営業の梶。
「私は……記憶にないです。でもクリームの質感が……すごく……」と目を細めるのは新入社員の杉本。口の端にはよだれ。
「名前書いてなかったら、捨てるべきだよね? 衛生的に」人事の林がドライに言う。
「待ってくれ、ちょっと待ってくれ!」と、部長が叫ぶ。
「これはただの“放置ケーキ”じゃない! この形、この瑞々しさ……これは昨日、銀座で一個680円する高級ケーキだ! それが“放置”されるはずがない!」
沈黙。
誰も手を挙げない。
「だったら……“謎の誰か”が、何らかの“意図”を持って、我々にこのケーキを仕掛けたのではないか……?」
「陰謀ですか?」杉本が目を輝かせる。
「もしくは、“テスト”かもしれない」と梶が指を立てた。「“これを食べた奴が、今日のトイレ清掃係な”とか、そういう罠……!」
「なんで急にそんなゲームみたいな会社になるんですか!」と林がツッコんだ。
ケーキは、何も言わず、そこにある。
と、そのとき。
「……あのさ」
会議室のドアが開いて、清掃スタッフの浜崎さん(65歳・自作エプロン着用)が顔を出した。
「さっき冷蔵庫で、俺のショートケーキが消えててさ……こっちで会議してるって聞いて」
4人、凍りつく。
「もしかしてそれ……俺のかも?」
部長、小声で「確認のため」とつぶやきながら、箱をそっと持ち上げる。底には、小さく付箋が。
《はまさき》
ひらがなで、見事な自白。
「あっぶなー! もうちょいで“証拠隠滅”するところだった!」
「てか我々、ケーキに向かって30分話してたよね?」
「ケーキって、こんなに会議室で圧あるんだ……」
杉本がぽつりとつぶやくと、一同妙な納得のうなずき。
浜崎さんは「取りに来てよかったわ~」とほほ笑んでケーキを回収した。まるで赤子を抱くように。
彼が去ったあと。
「……じゃあ、仕事戻りますか」
「会議の結論って何だったっけ」
「ケーキには、名前を書こうって話……ですかね」
「いや、もう名前じゃ足りない。顔写真と生体認証が必要だな」
「それはそれで怖すぎますよ!」
この日以降、社内冷蔵庫には「食品には名前、部署、最終意志を書きましょう」という謎ルールが追加された。
そして第3会議室のホワイトボードには、今もこう書かれている。
「ケーキは黙っているが、黙っていない」
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。