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【bon03:名古屋甚句と味噌カツ地獄】

「――で、どうして踊る前に“味噌カツの行”を通らねばならぬのだ?」
 名古屋駅前。噴水広場のベンチにて、ケイデンが不思議そうな顔で串カツを見つめていた。衣は茶色というより、漆黒。ソースではない。味噌だ。とにかく味噌だ。
「味噌カツを知らずして、名古屋甚句を踊る資格なしッッッ!」
 そう断言したのは、名古屋に入ったとたん突然テンションが爆上がりした、雄大。
 だが、なぜかその手に持っているのは味噌カツ丼、味噌煮込みうどん、天むす、きしめんをミックスした“名古屋プレートB(地獄)”だった。
「ちょ、まって、誰がそんなに頼めと!?」
 美琴が仰天しながら、財布を握って震えている。全員の旅費管理をしている彼女にとって、これほどの暴挙はまさに“踊りで得た徳をゼロにする行為”だ。
「まあまあ。名古屋は食ってナンボだろ? 食って、踊って、感謝して帰る。そういうスタイルだよな」
 拓朗が笑いながら手羽先にかぶりついた。すでに三本目。顔がテッカテカだ。
「それに、ここって確か“名古屋甚句”って、めちゃくちゃテンポ遅いんじゃなかった?」
 小百合が眉をひそめて資料を確認する。
「踊りにくくない?」
「いや、それがいいんだよ。ゆっくりだからこそ、体の動きがバレる。真心がバレる!」
 はづきがホワイトボードに“盆踊りにおけるスローリズムの美学”と書いて力説し始めた。
「それ、旅館の女将さんのパクリだよね……」
 ジャニヤがあくびをしながら、さっきもらったういろうの包装紙で折り鶴を作っている。
 そこに現れたのが、白スーツに蝶ネクタイ、全身から“オレが主役だ感”を放つ男――崚一だった。
「おう。お前ら、見たとこ“外部参加組”やな?」
 彼の背後には、なぜか鳩。しかも味噌カツを咥えている。
「地元盆連“名古屋バイブス連”の者やけどな、外もんには一つ試練を課してる」
「え……まさか……」
 啓が顔をしかめる。
「そのまさかや!――“味噌カツ甚句”チャレンジ!」
 一同「なんだそれ!?」と総ツッコミ。だが、崚一は本気だ。
「名古屋甚句のリズムに合わせて、味噌カツを手に踊りながら、一滴も味噌をこぼすことなく一周踊りきった者には、真の“しゃちほこ魂”が宿る」
「魂が宿っても、胃にダメージくるやろ……」
 拓朗が苦笑いしてつぶやいたが、すでに雄大は手に味噌カツ、足は“甚句ステップ”のスタンバイに入っていた。
 ギャラリーが集まる中、太鼓が鳴る――
「名古屋はええとこ、ええとこ~しゃんしゃん~♪」
 雄大、踊り始める。なぜか盆踊りではなく、モダンバレエ風味。
「違う違う! そうじゃない!」
 崚一がマイクでツッコミ入れながら、勝手に二番の歌を始めた。
「ちょっとちょっと! 何その“胸の前で味噌カツ掲げながら回転”!?」
 美琴が叫んだ。ステップは確かに丁寧。だが、振り付けが……どう見ても日舞ではない。いや、どこかの儀式?
「これは“踊る者の心が動けば、盆踊りも進化する”という――」
「言い訳してる間に味噌が手についとるわぁあああ!」
 崚一の叫びに、雄大が「あっ」と口を開ける。そして、ギャラリーの視線が集中する中、左手の小指から――ポタ。
「……」
「――魂、こぼれたな」
 ケイデンの冷静な判定。小百合が傍らでタオルを差し出しながら、ぼそっと一言。
「この人、絶対踊り神を怒らせてる……」
 そこへ登場したのは、クールな視線に一切の隙がない女性――真輝子。
「はい、ちょっとお通り失礼。甚句連代表です。失礼ながら、その“踊ってるのか自己主張なのか判断不能な動き”は、当地の美学と反します」
 雄大、撃沈。
 そのとき、ふらりと啓がステージの脇に現れた。相変わらず無表情。だが手に持っているのは――
「……手羽先?」
「うん。こっちの方が軽いし、踊りやすい」
 誰もが突っ込む前に、彼は静かにステップを踏み始めた。控えめ、しかし無駄のない動き。肩がふわりと揺れ、手首がしなやかに回る。
 ギャラリーがざわつく。
「……え、なにこの人、うまくない!?」
 真輝子が小声で崚一に言った。
「あいつ、ぜったい“他人の動きマネして覚える”系の天才やろ……!」
 はづきがすかさずホワイトボードに「※名古屋甚句:一番下手な奴ほど大声で踊る理論 崩壊」と書き込む。
「……というわけで」
 小百合が味噌だれのシミを拭きながら微笑んだ。
「リーダー以外は全員、合格ですね」
「え、ちょ、俺は!?」
 雄大が慌てて叫ぶが、拓朗が肩を叩いて言う。
「味噌カツの神に一滴でもこぼしたら、だいたい失格らしいよ。俺? ちゃんと飲み込んだからギリセーフ」
「飲み込む!?」
 雄大が呆然とする中、真輝子が静かに歩み寄ってきた。
「……踊る時、食べ物を武器にするならば、礼を尽くすべきです」
 彼女は、テーブルに残された味噌カツに一礼し、ひと口、噛んだ。
「……これが、名古屋のリズム」
 小さくうなずいた彼女の目が、どこか遠い。
 踊りとは、味噌とは、そして尊敬とは――
「いま全員、若干真理っぽい顔してるけど、実際やってることは“味噌まみれの失敗旅”だからな」
 ジャニヤの冷静なまとめで、全員が爆笑した。
 こうして、またひとつの街に“言葉なきリスペクト”を残し、傘の精霊は微笑んだ。
 ※ただし誰もその笑みに気づいていない。
(bon03:End)


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