第81巻 前橋市:マエバシノカミの願い
群馬県前橋市。
風が強い。自転車が飛ぶ。洗濯物は帰ってこない。
でも住民はみんな口を揃えて言う。
「風は強いけど、心は穏やかなんです」
そんな前橋で、“願いを叶える”と噂される存在がいた。
名前は――マエバシノカミ。
マエバシノカミは、無口で堅実。
言葉数が少なすぎて、「あの人、置物なのでは?」と噂されたことすらある。
登場の仕方も地味だ。
願いを口にした人のポケットや靴の中に、黙って赤城山の石を入れる。
それがサインだ。
この日、願いをつぶやいたのは会社員の陽平。
「もうちょっと、人生にガツンと来る刺激が欲しい……あと、唐揚げ食いたい」
そんな雑な願いを言った翌朝、彼は会社の階段で見事に転倒した。
ポケットからはゴツい石が転げ落ちた。
「なんだこれ!? 石!? え、俺、ついに石化するの?」
その日の午後、さらに謎の現象が起きる。
営業に出た陽平、行く先々で唐揚げの試食に遭遇するのだった。
・取引先の社食で「今日は唐揚げフェア」
・通りかかったコンビニで「唐揚げくじ、当選」
・帰り道の商店街では「唐揚げ配りおじさん」と遭遇
「こんなに唐揚げに遭遇する人生ある!?」
帰宅した陽平が、ふとカバンの中を見ると――
また石が入っていた。
その夜、布団に入った陽平は、つぶやく。
「いや、刺激ってそういう意味じゃ……」
すると天井の隅っこから、かすかに声がした。
「……シンプル、力強く」
「え、誰?」
「マエバシノカミ」
「うわー! いた!?」
「願い、シンプル、力強く、唐揚げ、転倒、叶った」
「ちょっと待って!? 転倒は願ってない!」
「刺激」
「それ刺激だけど、痛みもセットなのよ!」
翌日、陽平は思った。
「これはもう、願いを出す時に“オプション”をちゃんとつけないとダメだ」
そこでメモ帳に、丁寧に書いてみた。
願い:人生に刺激が欲しい(痛くないやつ)。唐揚げは引き続き歓迎。できれば塩味。胃もたれしない程度で。あと雨には濡れたくない。靴下が乾いてると嬉しい。今月の給料日が前倒しになると完璧です。
翌朝、玄関を開けると――
・ポストに唐揚げ屋のクーポン
・玄関マットに「乾いた靴下」
・スマホには「給料前倒し可」の社内通知
・そして、なぜか石が二つに増えていた
「……だんだん、慣れてきたな」
陽平はため息をつきながらも、赤城山の石をそっと棚に並べる。
もう4つ目だ。
友人には「新興宗教始めたのか」と言われたが、本人は気にしていない。
むしろ、毎日のちょっとした唐揚げと靴下乾燥で、人生が安定してきた気がする。
前橋では、今日も風が吹いている。
そして、どこかのポケットに、そっと一つ――
赤城山の石が増えている。
“刺激”を求めた誰かの人生に、無言で力強く。
マエバシノカミは、そうやって願いを叶えるのだ。
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