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フェイスマッサージの罠

「もう限界。ほうれい線が……うちの家系図みたいにくっきり……」

 そう言いながら、友人の理恵(りえ)はエステサロンのロビーで真顔になっていた。
 彼女の手には、ホットペッパーの割引クーポン。「初回限定フェイスマッサージ980円」──その言葉に人生を賭ける勢いで予約したのだ。

 私は付き添い。というか巻き込まれた。

「ねぇ、なんで私まで来てるの?」

「だって、マッサージ中って一人だと心細いじゃん?」

「完全に寝るでしょ?」

「……うん」

 人間というのは、美容に関してだけ“自我”と“眠気”が共存するらしい。

 案内された部屋は、なんだか“良さげな香り”と“やたら静かなBGM”に満ちていた。

 エステティシャン:「担当いたします、山口です。今日はしっかり、流していきましょうね~」

 理恵:「お願いしますっ(キリッ)」

  私はソファで雑誌を読みつつ、理恵が“戦場”に入っていくのを見送った。

 数分後──

「うおおおおおぉぉぉ!!!」

「……え? 理恵?」

「痛っ! 痛い! あっ、でも効いてる! めっちゃ効いてるううう!!!」

 隣の部屋から、悲鳴なのか感動なのかわからない声が響いてきた。

 エステティシャン:「こちら、“老廃物ポイント”ですね~。ちょっと滞り強めですね~」

 理恵:「そうですッ! 私、人生詰まり気味なんですッ!!」

「何のカウンセリングだよ!!!」とツッコむ私をよそに、叫びは続く。

「そこ、天引きの恨みがたまってるところです!」
「そこは初恋が片思いで終わった左ほっぺです!」
「そのあたりは……会社のストレスでガチガチで……!」

「完全にカウンセリングじゃねぇか!!!」

 30分後。

「終わりました~。お肌、ワントーン上がってますよ~」

 山口さんが満面の笑みで理恵を送り出す。
 一方その頃、理恵は……

「顔、動くぅ……表情筋、生きてるぅ……」

 完全に放心状態。
 ほっぺはやや赤みを帯び、目はうるみ、額にはうっすら汗。

 まるで“顔面から過去が出ていった女”だった。

「……おつかれ」

「マッサージって……人生なんだね」

 私は財布を握りしめた。

「私もやります」

 数分後、私の番。

「では~、失礼しま~す。ちょっと冷たくなりますね~」

「はい……」

 まずはオイル。ひんやり。

 そこから始まったマッサージは──

 ……めっちゃ、普通だった。

「……あれ? 痛くない?」

「今日、あまり滞りないですね~。お水、よく飲まれてますか?」

「は、はい。理恵は?」

「……すっごく滞ってました」

 ちょっと拍子抜けした。

「そこ、もうちょっとゴリゴリしてもらえませんか?」

「えっ? そ、そうですか……? じゃあ、ちょっと圧かけていきますね~」

「お願いします。あの、理恵くらいで」

「……ああ、あの方は、今日一番の手ごたえでした」

 負けた。人生の詰まりっぷりで、私は負けた。

 施術後、ロビーで合流した理恵はキラキラしていた。

「顔、めっちゃスッキリしてない? ほら、ほうれい線、消えた!」

「うん、なんか……前より“背景”が明るく見える」

「それ、蛍光灯のせいじゃない?」

「いや、君の魂が浄化されたからかも……」

 ちなみに私は、「若干むくみ取れたかも?」くらいだった。

「やっぱ詰まってる人の方が、得するシステムじゃない?」

「人生に詰まり得……?」

 それからというもの、理恵は週一でエステに通い始めた。
 いつも施術後、「今日のポイントは“前世の悔い”でした」などとレポートしてくる。

 私はまだ一度しか行ってないけど、家で自己流フェイスマッサージを始めた。

「ふん……こめかみから流して、えい!」

(あ、さっき食べたチョコの後悔出た)

 美容とは奥深い。そして顔には、記憶が詰まっている。

 今日もどこかで叫ばれているだろう。

「そこぉぉおおおがぁぁ!! 七年前の職場ァァ!!」


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