ランチ選びが、戦争になる日
「今日、どこ行く?」
午前11時45分。
職場のグループチャットに、ランチの合図が飛んできた。
発信者は総務の松井さん。
いつも先陣を切るが、一切メニューの希望を言わないのが特徴。
松井:「私はなんでもいいです」
佐倉:「私もなんでも」
宮崎:「腹減った」
加藤:「麺はNG」
松井:「中華は脂っこくてちょっと……」
佐倉:「昨日パスタだった」
宮崎:「カレー以外で頼む」
加藤:「魚は匂いつくから無理」
「……“なんでもいい”とはいったい……」
私はそっとスマホを伏せ、カレンダーを開く。
大事な会議は午後イチ。時間がない。だが、会話のループが始まる。
「じゃあ、和定食の『たまや』とか?」
「昨日、佐倉さん行ってた」
「じゃあサンドイッチ?」
「パン気分じゃないんだよね」
「うどん?」
「麺だよねそれ?」
「おにぎり買って公園?」
「虫が出る季節……」
「冷たいそば?」
「冷えるしな……」
「ラーメン」
「ラーメン!? 今“麺NG”って言ったよね!?」
「でもラーメンは別枠でしょ」
「何その例外扱い!!!」
結論が出たのは12時05分。
候補に残ったのは、駅近の「さっぱり和膳 いろは」。
「……まぁ無難。空いてればね」
「混んでたらどうする?」
「もう今日、食べないかも」
「壮絶……」
店の前。案の定、満席。
「詰んだな……」
「うどん行く?」
「麺NGじゃなかったっけ」
「もう何でもいいよ!」
「出た、“本当のなんでもいい”」
その時、宮崎が口を開いた。
「……もう“カフェテリア大勝軒”でいいよ」
「社食か!!」
「でもあそこ、全然勝ってる感じしないよね」
「なぜ“勝軒”なのかほんと謎」
大勝軒に着いたのは12時15分。
券売機の前で再び迷う人々。
「唐揚げ……重いかな」
「親子丼……卵硬そうだな……」
「カレーは……昨日だった」
「蕎麦は冷えるって言ったじゃん!!」
「もう、なんでもいいよって言ってたじゃん!!」
「……でも今は違うの」
「一体いつが“なんでもいい”なんだよ!!」
結局、みんなが頼んだのは――一番無難な“日替わり定食(焼き魚)”。
配膳された瞬間、全員が無言になった。
「……あ、普通にうまいね」
「文句ないけど、テンションも上がらない」
「この感情が“中庸”……?」
「“大勝軒”の“大”って、感情の落差のことなのかも……」
「奥が深いなこの社食……」
食べ終わる頃には、もう12時45分。
午後の仕事は目前。
松井さんがふと、空を見上げて言った。
「明日は、事前に決めとこっか」
「言ったな? 記録するぞ? 絶対?」
「たぶん明日も“なんでもいい”って言うけど」
「ブレないのやめて!!」
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