見出し画像

【bon12:熊本県_おてもやんと“恋の大混乱盆踊り”】

「おてもやんって、何者?」
 拓朗が聞いた。
「熊本の超有名人らしいよ。美人で恋多き乙女で、鼻が赤くて、どこか憎めない」
 はづきがそう言いながら、すでに“おてもやん風チーク”を頬に塗りはじめていた。容赦ない赤。
「ねえそれ何塗ってるの!? 油性ペン!?」
 美琴が絶叫するなか、後ろで爆音が鳴った。
「おてもやーーーんッ!!!」
 雄大が舞台から飛び出してきた。顔には真っ赤な丸チーク、頭には造花のかんざし、足元は下駄。
 何も言っていないが、“おてもやん本人”を目指しているのは明白だった。
「いや本人ちゃうわ!!」
 即座に拓朗がツッコミを入れるが、雄大は聞いていない。
「今日は俺が、“熊本一の恋の踊り手”になる!」
「……そういう日じゃないから今日は!」
 ジャニヤが冷静に止めようとするも、もはや遅い。
 ここは熊本市内のおてもやん祭り会場。真夏の熱気に包まれた市街地に、浴衣の人々と山車が行き交う。
「ところでこの“おてもやん踊り講習会”、自由参加らしいけど……」
 小百合が現地のパンフレットを読みながら言った。
「“テンション高ければ高いほど勝ち”って書いてある」
「ルールめちゃくちゃだな!」
 全員が叫ぶ中、講師として現れたのは、まさかの女性――恵吏香。
 彼女はマイクを片手に、笑顔で言った。
「皆さん、ようこそ!恋と笑いの“おてもやんダンス”へ!」
 そして、すぐさまアップテンポな音楽が鳴り響く!
「はじまるよーっ!リズムと表情と恋の爆発ッ!!」
「恋の爆発!?」
 雄大はすでに踊っていた。
 鼻をこすり、頬を赤らめ、両手をぶんぶん振りながら――
「おてもやんです!おてもやんです!恋してまーす!!!」
「いやうるさいな!?」
 雄大がステージ中央で愛と情熱の大暴走を続ける中、観客の子どもがぽつりと言った。
「ねえママ……あの人、恋してるの?」
「違うわよ、あれは呪文よ」
 その横で、美琴が顔を真っ赤にしていた。怒りではなく、たぶん羞恥と困惑で。
「何あの人!? 私の知ってる勇者じゃないんだけど!? “顔芸の妖怪”なんだけど!?」
 だが、講師・恵吏香は言う。
「そう、それでいいのよ。“おてもやん”は恥ずかしがっちゃダメ! もっと前へ!もっと目立って!」
「煽るなあ!?」
 一方、啓は人知れず輪に入り、完璧な振付で「おてもやん」を踊っていた。
 無表情のまま、完璧に。逆に怖いレベルで。
「えっ啓くんすご……なんでそんなに踊れてんの?」
 ジャニヤが聞くと、啓は一言。
「……YouTube見た」
「シンプルゥゥゥ!」
 その頃、拓朗とケイデンは“リアル恋の盆踊りコーナー”なる地元のカップル参加型踊りに巻き込まれていた。
「おまえらカップル役で踊ってくださーい!」
「ちょ、おい!?」
「君たち仲よさそうだったから!」
「どこを見て判断した!?」
 混沌極まる中、雄大は最後まで“恋の赤鬼”として踊り切った。途中、他の踊り手に「彼氏役ですか?」と聞かれ、「いや、むしろ私は本人」と答えたため、場は再び大混乱。
 そしてエンディング。踊りの輪が収束し、観客が拍手を送る。
「いやー、すごかったですねー! とくにあの方!」
 司会が指さしたのは……なんと、美琴だった。
「え?」
 本人ポカン。
 だが録画を見ると、恥ずかしがりながらも、誰より表情豊かに踊っていた。表情筋が勝手に反応していたらしい。
「リスペクトって、意外と“無意識”に出るもんなんだな……」
 小百合がしみじみと言った。
 その後、雄大はおてもやんチークが肌に染み込んで三日間落ちなかった。
「……勇者、もう恋しないってよ」
(bon12:End)





いいなと思ったら応援しよう!

Goldness 楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。