ココナツ、転職する
南国リゾート・カラパプア島。その浜辺で、一本のヤシの木が小さくくしゃみをした。
「ぶへっ」
――上から、ひとつのココナツが落ちてきた。
「いってぇな! 何年も引っ付いてたくせに、いきなりくしゃみで落とすなんて!」
そのココナツは地面に着地するや否や、ボフッと砂を吐き、腕を伸ばした。そう、彼はただの実ではない。意思と足と、なぜか就職意欲まで備えた“意識高めのココナツ”だった。
名前は「ナッツォ」。職業は未定。
「よし……今日こそ就職してやるぜ……」
ナッツォは生まれてから12年間、ずっとヤシの木にぶら下がりながら社会を見下ろしていた。働く観光客、働かされるロバ、働きたくないカニ――彼らの姿に憧れを抱いていたのだ。
浜辺を歩くナッツォ。リュックも履歴書もないが、やる気だけは人一倍だ。
最初に出会ったのは、パラソルの下で日焼けするオウムのギャング団。
「おい、そこの丸いの。やる気あるか?」
「あります! 即戦力です!」
「よし、ならばこの氷の上に三時間乗れ。動くな。話すな。笑うな。お客様がリゾート感を感じるための“無表情ココナツモニュメント”になれ!」
三時間後。
「もう無理。表情筋が限界。あと氷、地味に冷たい……!」
不採用。
続いてナッツォは、ジューススタンドに向かった。面接官はサングラスをかけたスイカだった。
「うちで働きたい? で、君、絞れるの?」
「いや、ちょっと待ってください。私は人格がありますし、液体になるのは思想的に……」
「思想で給料は出ないぞ」
「ですよね」
不採用。
その後もナッツォは果敢にチャレンジした。
ダンサーのバランスボール →「ツヤが足りない」と不採用。
ハワイアンバンドの打楽器 →「音がボフッしか出ない」と不採用。
ビーチフラッグ →「勝手に転がるな」と不採用。
気づけば夕暮れ。ナッツォは浜辺に腰を落とした。心なしか、中のミルクが沈んだ気がする。
「やっぱり……ココナツが働くなんて、無謀だったのか……」
「それ、まだ使えますか?」
ふと背後から声がした。振り返ると、料理人風のカモメが立っていた。背中には『海辺の創作ダイナー・ペリカン亭』の名札。
「あなた、ココナツでしょ? ココナツカレーの容器として雇いたいんです」
「えっ、容器?」
「そう。割らずに上だけ開いて、そこにカレー入れるの。エコでおしゃれ。あなたみたいな形、ちょうど探してたのよ」
「わ、私……ようやく役に立てるんですか?」
「もちろん。でもね、条件があるの」
「なんですか?」
「一度割ったら終わり。その代わり、長く大事にする」
ナッツォは、自分の中に残る甘いミルクをぐっとかき混ぜた。そして、うなずいた。
「やります! 私は今日から、カレーの器です!」
***
――それから数年。
ナッツォは「名物・ココナツカレー皿」としてペリカン亭の看板メニューを支え続けた。観光客たちは彼に写真を撮りまくり、「またあの器の子に会いたい」と再来店する者も続出した。
ある日、厨房に新人のバナナが配属された。
「先輩、昔はどんな仕事をしてたんですか?」
「俺か? そうだな……最初は、ただの実だった。でも――」
ナッツォはニヤリと笑って、誇らしげに語った。
「人生、転がってナンボだよ」
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