第126巻 宝塚市:タカラヅカノカミの願い
──願いは華やかに。だが、派手と過剰は紙一重。
宝塚市、華やかな大劇場の裏手。そこに静かに佇む小さな洋館風の祠がある。まるで小型の舞台セットのように愛らしいその祠に祀られているのが、タカラヅカノカミ。
毎朝、公演前の練習を見守りながら、紅茶を飲むのが日課である。神様だが、優雅な茶会を好むあたり、すでに舞台人の気配が濃い。
「……朝の発声練習が、今日も心地よいのう。華やかなる町の息吹じゃ」
その優雅な神様のもとに、ある日、女子高生の早苗が現れた。
「神様、お願いです。文化祭のミュージカル発表、私のダンスだけ毎回ズレるんです……どうしても揃えたいんです!」
「ふむ、華やかなる舞台には、完璧なる調和が必要じゃな。よかろう。わらわが少しだけ手助けしよう」
タカラヅカノカミは、ふわりと羽のように軽やかな所作で立ち上がった。
「まずは“鏡の間”じゃ」
「……鏡の間?」
神様は祠の奥から、まるで稽古場のように壁一面が鏡張りの部屋を出現させた。照明も劇場級。なぜ神社にこんな設備が……。
「ここで、完璧な“主役オーラ”を身につけるのじゃ」
「え、そこから!?」
そこへ、気分転換が得意な優美が顔を出す。
「あれ?面白そう。私もやってみていい?」
「よろしい! 主役も脇役も、まずは“立ち姿”が華やかであることが大切じゃ」
二人は神様直伝の“優雅なる立ち方講座”を受け始めた。
「背筋!首の角度!指先まで神経を!……もう一回最初から!」
「鬼コーチだー!」
優美は途中でストレッチポーズに逃げつつも、少しずつ姿勢が整ってきた。
そこに現れたのは、冷静な育未。
「また変な神様トレーニングやってる……。あの、そもそも振付が難しすぎるんじゃ?」
「育未、アドリブに強くなるのも華やかさの一部じゃぞ?」
「いや、文化祭の発表で宝塚張りのキメ顔はいらないでしょ」
「むしろ必要かもしれんぞ。観客は“場の華”に弱いのじゃ」
そして舞台本番前夜、最後の仕上げとしてタカラヅカノカミは禁断の奥義を授けた。
「いよいよ……“フィナーレ・階段降りシミュレーション”じゃ!」
「文化祭に階段降りないです!!」
「心の階段じゃ!!」
みんなは結局、深夜まで“見えない階段降り”の練習を繰り返した。
──そして本番当日。
早苗たちのクラスは、「オリジナル学園ミュージカル」を披露。冒頭のダンス、みんな完璧に揃った。
だが問題のラスト──突然、舞台中央に謎のBGMが流れた。
「ご覧ください! 主役たちの栄光のフィナーレです!」
神様のいたずらで、音響機材に勝手に仕込まれていたSEである。
早苗は咄嗟に“心の階段降り”を披露。
右足を一歩前に、優雅に一礼。目線はやや斜め上へ。微笑。
その瞬間、観客席から「おぉー!」と拍手が起きた。
「なんだあのキマり具合!」
「宝塚オマージュらしいぞ!」
思わぬ大喝采で幕が下りた。
その日の打ち上げで、早苗は神様の祠へお礼に行った。
「神様……最後は正直、事故だと思ったけど……なんかウケました」
「事故などというな。あれは“華やかな流れに乗っただけ”じゃ」
「でも、主役オーラ……ちょっと分かったかも」
「よきかな。華やかさとは、自信の形じゃ。失敗をも美しく見せる勇気こそ、舞台人の資質じゃぞ」
祠の上空には、夕暮れの淡い光が差し込んでいた。
──今日も宝塚の街では、誰かが“心の階段降り”に挑戦しているのかもしれない。
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