『立つだけで評価される男』
「……おお……今日も立っている……!」
通勤ラッシュの駅ホーム、6番線前の柱横。そこに毎朝、神々しく“立つだけ”の男がいた。
名前は知れず、職業も不明。身長178センチ、年齢はたぶん30代後半、髪型はぴっちり七三分け。スーツ姿が異様に似合う。
ただ“立っている”。
動かない。喋らない。座らない。
けれど、その立ち姿には“風格”があった。背筋は常に直線、顎は程よく引かれ、かかとはピタリとそろっている。まるで彫刻だ。
SNSでは“柱横の貴公子”として知られ、通称「スタンドさん」。
通勤族はこう言う。
「彼が立ってると、“あ、今日も世界が安定してる”って安心する」
「満員電車で死にそうな朝でも、彼を見ると“まだ立てる”って気になる」
彼は無言のまま、多くの人々を励ましていた。
──が、その日。事態は変わる。
朝8時12分。ホームには彼の姿が、なかった。
騒然となる通勤者たち。
「ちょ、いないって! スタンドさんいないって!」
「何かの間違いじゃ……?」
「いや、ほら、柱に“本日休立”って書いてある!」
確かに、彼の定位置の柱には丁寧な字で「しばらく、立つことをお休みします。必ず戻ります」と書かれた貼り紙があった。
誰が書いたんだ。
だが皆、その張り紙を信じた。
その日から、通勤者たちは異常にソワソワした。電車の遅延が気になり、エスカレーターで右側に立ち続ける者も現れた。
「もう、私たちに“立つ人”はいないのかも……」
数日後。誰かがふと立ってみた。
同じ柱横、同じ角度、同じ姿勢。
──が、通りすがりの高校生がボソッと言った。
「え、なに? モノマネ? 偽物じゃね?」
鋭い。鋭すぎる。
“本物”と“ただの人”の違いは明白だった。
その日から、「スタンドさんを探せ」運動が始まった。X(旧Twitter)では #再起立希望 というハッシュタグが流行り、週刊誌には「幻のスタンドさん、今どこに?」という特集が組まれた。
一部では「地下鉄に転勤になったらしい」「すでに仙人となり山で立っている」という噂が流れたが、どれも信憑性はなかった。
──そして、1か月後。
駅構内に突如現れた巨大広告。
【立つだけで、救われた朝があった】
その下に、見慣れたシルエットが立っていた。
背筋、角度、佇まい、すべてが“あの人”だった。
広告の主はなんと、革靴メーカー。
「彼の立ち姿は、靴の完成度でできている」と感動したデザイナーが、本人を探し出し、アンバサダーに任命していたのだ。
広告撮影時のインタビューで、ついに彼の口から言葉が発せられた。
──記者「あなたは、なぜ立っていたのですか?」
彼は、わずかに笑ってこう答えた。
「朝の時間に、何か意味を与えたかったんです。“立つ”って、ただの行動だけど、誰かにとっては“励まし”にもなる。自分には、それしかできなかった」
──その日以降、彼の靴はバカ売れし、「通勤立ちポーズ講座」も開催され、なぜか“立ちヨガ”まで開発されることとなった。
そして今も彼は、全国各地の駅で“立っている”。
どこかのホームで、あなたが彼を見つけたとき。
きっとあなたも、もう一歩、しゃんと立てるだろう。
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