見出し画像

ミミズ、分解の王者

 夏の朝。俺は小学校のグラウンドの隅で、見てはいけないものを見てしまった。

 ミミズに囲まれた、おじさん——。

 いや、おじさんというより、見た目は完全に「山の仙人」。長髪、よれよれのTシャツ、草履。そして彼のまわりをくるくると這うのは、ミミズ、ミミズ、ミミズ。大量のミミズ。

「あっ……起きた」

 俺が声をかけると、おじさんはぬぼーっと立ち上がった。

「君は……虫が好きか?」

「いや、別に……どっちかというと苦手です」

「そうか。実に惜しい」

 そう言うと、おじさんはランドセルより大きなミミズを抱えて去って行った。…なに今の?

 翌日。

 学校で先生が言った。

「今日から“生き物博士”という地域活動の一環で、虫の専門家がやってきます。あだ名は“ミミズ先生”だそうです」

 その瞬間、俺は震えた。

 ——まさか。

 そして現れたのは、あの“山の仙人”。改め、ミミズ先生。

 自己紹介がまたすごかった。

「好きな色は、湿った茶色。好きな匂いは、くち葉。好きな言葉は、“分解酵素”。以上です」

 拍手する子供ゼロ。静まり返る教室。唯一、理科係のマコトだけが「わあ……」と目を輝かせていた。変人、いた。

 ミミズ先生の授業は、ある意味、革命的だった。

 まず最初の授業。

「今日は実際に“土に潜る練習”をします」

「えっ先生、それ人間側の練習なんですか?」

「そうだ。ミミズの視点にならねば、分解は語れん」

 そして全員、畑の土に顔を近づける。思ったより、ミミズの世界はしっとりしていた。

「ミミズは、土のインフルエンサーだ」

「は?」

「地味だが、影響力は絶大。こやつらがいないと、土は腐り、人間は飯がまずくなる」

「えっ、飯が?」

「間接的に」

 説明がまわりくどすぎて、みんな混乱したが、なぜか先生の語る“ミミズ哲学”は妙に記憶に残った。

 数日後。

 クラスでちょっとした事件が起きた。

 給食の時間、サラダの中に——ミミズが!?

「うわあああああ!」

「まさか……ミミズ先生の差し入れ!?」

 パニックになる教室。

 しかし、ミミズ先生は言った。

「違う。あれは、俺の“家族”だ」

 ますます謎が深まる。

「ミミズに名前をつけているんですか?」と誰かが聞いた。

「当然。“ぐにょえもん”“ぬるぞう”“ひだまりのケン”……全て私の家族だ」

 気が狂ってる。

 それでも彼は、“分解の大切さ”だけは繰り返し訴えた。

「落ち葉も、フンも、ミミズがいれば豊かな栄養に変わる。つまり、う◯ことは、未来だ」

 その日、俺の人生観が変わった。

 ある日、ミミズ先生がいなくなった。

 朝のホームルームで、先生(普通の先生の方)が言った。

「えー……ミミズ先生は、急きょ山に帰ることになりました」

「山……?元々どこに住んでたんですか?」

「どこだったっけ……たしか、“半地下式のミミズルーム”とか言ってたような」

 それ以降、先生は二度と現れなかった。

 だが、教室の隅になぜかミミズ堆肥用のケースだけが残された。

 しかも、なぜか手紙付き。

《親愛なる5年2組へ》

 拝啓 発酵の季節となりました。

 君たちが土に顔を突っ込んだその瞬間、もう立派な「ミミズの同士」です。

 臭いも汚れも、嫌がらずに向き合う君たちなら、きっと世界を変えられる。

 なお、“ひだまりのケン”は君たちに託す。えさは週2でOK。ときどきジャズを聴かせると調子がいい。

 ——分解のち、栄光あり。ミミズ先生

 それ以来、我がクラスは植物の栽培に熱中し、コンポストも運用し始め、なぜか市から表彰された。

 いまでもたまに「ひだまりのケン」が元気か見に来るけど、うっすらジャズが流れてて、ちょっと笑ってしまう。


いいなと思ったら応援しよう!

Goldness 楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。