第63巻 枚方市:ヒラカタノカミの願い
枚方の神様、ヒラカタノカミは、たいそう物静かだった。
朝も昼も夜も、淀川の流れを見つめてぼーっとしているだけで、話しかけられても「……うむ」としか返さない。誰かが願いを言っても、ゆったりした動きで、ゆったりしたまま、ゆっくりとズレた方法で叶えてしまう。
たとえば――
「勉強ができるようになりたいです!」と叫んだ中学生がいた。
ヒラカタノカミは、しばらく黙っていた。そしてぽつりと、「……文武両道の精神、大事」と呟き、翌日、その子の通学カバンに木刀と和綴じノートが詰め込まれていた。
「いや、勉強道場みたいになってるやん! 家で“論語の素読”とか始まったんですけど!?」
「……古代の知恵、今に通ず」
「そういう話じゃないってばあああ!」
ヒラカタノカミの頭の中では、いつも“千年スパン”で物事が進んでいる。中学生の三者面談なんぞ、風に舞う木の葉程度の出来事にすぎないのだ。
*
またある日、枚方市内に住む主婦・野口さんが、深刻な顔で願いをつぶやいた。
「ダンナが最近冷たいんです……もう少し、昔みたいに優しくしてほしい」
するとヒラカタノカミ、目を閉じて何かを感じ取り、静かに手をかざした。
「……愛は、時間と共に円熟する」
翌朝、野口家のリビングに届いたのは――
“木簡(もっかん)に書かれた恋文”と、火鉢だった。
「……え?」
木簡にはこう記されていた。
《やうやうに 君を思ふ日々 千載を超へても 焚火のように》
「いやいや、ラブレターの書式が古代! てか火鉢って今どこで使うの!? うちIHやぞ!?」
ダンナはその木簡を見てぽつりとつぶやいた。
「……俺、こんな詩書いてへんで?」
「当たり前やろ! 神様や!」
それでも、その火鉢を前に二人でお湯を沸かし、久しぶりにお茶を飲んで笑い合った。
願いは……たぶん、叶っている。
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