『チャリ通戦争とおばあちゃんの逆襲』
「……今日もまた、朝のチャリ通レースが始まる……」
俺の名前は影山リュウジ、28歳。職業は市役所職員、性格はまぁ普通。
だが、俺の出勤は――普通じゃない。
なぜなら、我が街・国崎市には、暗黙の伝統がある。
それは、“チャリ通競争”。
ただでさえ朝は混雑する住宅地の一本道。
なぜかそこに集まる、あらゆる年代・業種のチャリ乗りたち。
誰が言い出したわけでもない、なのに全員が“誰にも抜かれたくない”という本能でペダルを回している。
速度、約時速38km。通勤路なのに。
それぞれが、異名を持つ――
・スーツの男・「車輪の部長」(タイピンが風で垂直)
・中学生・「漕ぎのタイガー」(脚力が人間の限界を超えてる)
・配達員・「荷台の死神」(荷物がいつも斜め)
そして俺は、そんな彼らの中で比較的地味な存在――
「鈍速の影山」と呼ばれていた。
あまり嬉しくない。
* * *
だが、ある日。
そんなチャリ通軍団に、“新星”が現れた。
それは――
「……え、あのおばあちゃん、誰?」
「え、速くない!? てか……ベル鳴らさないのに抜かされた……!」
その人物は、地元のご隠居・おばあちゃん(仮名:セイコさん)。
年齢は80代と推定。帽子に割烹着、前かごには謎のタッパー(たぶん煮物)。
ママチャリなのに、地面を滑るように走る。音がしない。
「……まさか、チャリ忍……?」
違う。
彼女の正式な通称は――
「車輪のセイコ」。
その強さは圧倒的だった。
交差点では最短コース、坂道では重力を無視し、信号の変わり目を的確に読んで突っ込む。
特にすごいのが「ふくらはぎの静音性」。スー……と来て、スー……と抜かして、スー……と消える。
「なにあれ、道に溶けてる……?」
「見たか? 今、車輪が5センチ浮いてたぞ」
人々はざわめいた。
* * *
その日以降、俺は密かに誓った。
「このまま“鈍速”では終われない……!」
翌朝から、練習を始めた。
・YouTubeで「脚力 強化 チャリ 初心者」検索
・夜間の河川敷を全力で周回
・毎朝、納豆(タンパク質)
・仕事中、空気イス(謎)
1週間後には、脚だけムキムキになっていた。
部長に「お前、書類配るときだけ異様に速くないか」と言われる始末。
「フフ……準備は整った。明日、俺は……抜く……!」
* * *
そして、決戦の朝。
5:59、チャリ通バトルスタート地点――“くすのき坂”に全員集合。
「おっ、影山……今日の自転車、なんか違わね?」
「新モデル、“CR-GHOST(クロスバイク・ご褒美仕様)”だ。後輪にちょっとだけ反抗期つけてる」
「何それ」
「知らん」
坂の上、いつものように静かに現れるセイコさん。
その姿に、全員が息を呑んだ。
風で割烹着がなびく。
彼女の後ろには、今まで倒してきたチャリライダーたちのオーラ(イメージ)が見える。
「いざ、勝負……!」
ピッ!
信号が青になった。
ギュンッ!!
全員が一斉にペダルを踏み込む。
速い。タイガーも部長も、みんな速い。
でも、今日は違う――
俺の脚が、俺を裏切ってない!
(イケる……! このままセイコさんの背中に追いつけば……!)
20メートル。15メートル。10メートル――
そして!
「セイコさんっっっ!!!」
ガッ
前輪が、彼女のチャリの影に入った――その瞬間、
「甘いねぇ……」
セイコさんが、スカートの裾から出したのは――生姜焼き定食。
「は?」
「……空腹は、判断力を鈍らせるよ」
ズバーン!!!
生姜焼きの香りが鼻を突き抜けた瞬間、俺は意識を飛ばしかけた。
(……この……香り……飯テロッ……!)
その間に、セイコさんは交差点の最短ラインを滑り、見事、最終直線を一人で駆け抜けた。
* * *
結果、俺は2位。初めての快挙だったが、誰も順位を覚えていない。全員が、あの生姜焼きの香りに持っていかれたからだ。
「……強すぎる……!」
「反則級のテクニカル飯……」
「……おばあちゃんのくせに……最高かよ……」
その日から、彼女は「車輪のセイコ」ではなく――
“セイコ・デリバリー”と呼ばれるようになった。
* * *
現在、俺は彼女の下で修行中である。
・チャリで鍋を安定して運ぶバランス訓練
・風の中でもニラをこぼさない呼吸法
・「早さより、味の余韻」と言われ続ける精神修行
目的はただひとつ。
“速くて、美味い”チャリライダーになること。
そう、次にこの街を制するのは――
きっと俺だ(おそらく)。
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