『恋はハート型に曲がらない』
昼下がりのカフェ「レ・クドゥクール」。
そこでは毎週水曜、「片想い・お悩み相談会」が開催されている。参加費は500円、ドリンク別。
なんでも、常連のバリスタ・ミユキが“恋愛偏差値53のリアル感”で的確なツッコミを入れてくれることで、地味に人気を集めているのだ。
「で? 告白したの?」
カウンター越しにミユキが訊ねる。
今日の相談者は、会社員・塚本健司(つかもと・けんじ)、33歳。
顔は悪くないが「人生ノートに正解を書き込みすぎて真面目に偏った結果、曲がり角をすべて見逃すタイプ」と評される男だ。
「……してません」
「でた。してませんシリーズ。何年想ってんの?」
「えーと……7年?」
「七年!?」
ミユキの叫びに店内の観葉植物まで震えた。
「え? そんな長く片想いって……ある?」
「その間に江戸時代なら三回くらい奉行が変わってるからね?」
「奉行で測らないでください」
「で、何がネックなの?」
「いや、彼女が“恋愛対象として自分を見てない気がして……”」
「ふむ。なるほど。で、ハート型のクッキー渡してるのは?」
「そ、それはただの……お菓子です」
「嘘つけ。この間“期間限定・いちご仕立て”って書いてあったぞ? 気合い入ってるだろ」
ミユキはスチームミルクを泡立てながら言った。
「片想いって、要するに“未送信のラブレター”じゃん。毎日書いてるけど、送ってない。で、本人は“気づいてくれない”って拗ねてる」
「うっ……ぐさっときますね……」
「それでも送らないのって、ちょっと意地じゃない?」
「意地というか……恐怖です……」
「なるほどね。“撃たれるくらいなら、矢を持って立っていたい派”だ」
「そうそう! その表現! めっちゃ刺さります!」
「だから言ってんの。刺され。お前が先に」
「それ、ここのカフェで言っていいんですか……?」
そのとき、入口のドアが開いた。
入ってきたのは、健司が7年想い続けている女性・北村理子(きたむら・りこ)だった。
「あ、ミユキさん、こんにちは〜」
「いらっしゃーい。ちょうど今、あなたのことを話してたのよ」
「えっ? ……健司くん?」
「うわああああああ!!」
慌てて立ち上がろうとする健司を、ミユキが無言で座らせる。
「理子ちゃん、今日は“ハート型ラテアート”でいいよね」
「うん。あ、バレンタイン近いし、なんか甘いやつも」
「ハートのクッキーとセットね。はい、じゃあ“ラブに気づかぬふり女子”セット、入ります〜」
「ちょっとちょっと! 注文名おかしくない!?」
理子が笑う。
「なにそれ、面白いね〜。“ラブに気づかぬふり女子”……。あたし、それっぽい?」
「……ぽいっていうか……うん、たぶん気づいてるでしょ」
「うん。まぁ、健司くんが私の机にだけ“お疲れチョコ”置いてるのも知ってたし」
「ぎゃーーーーーーっ!!」
「でも、なんか可愛いから黙ってた」
「うわあああああ!! だめだ! この店、告白の死刑台だ!!」
「じゃあ……そろそろ言ってみる?」
「え?」
「その“未送信ラブレター”、送ってみる?」
理子が笑顔でハート型のクッキーを齧る。
健司の顔は、ラテの泡よりも白く、クッキーよりも甘くなっていた。
「……つ、つきあってください……?」
「うん」
あっさり。
ハートは、7年の歳月を経て、ようやく“曲がらずに”着地した。
◆
その日、ミユキはカウンターでひとりごちた。
「恋愛偏差値53の私でもわかる。“ハート型”って、歪まないように作るのが、一番むずいんだよ」
だが、それでも誰かは信じて、差し出す。
甘くて不器用な、ハート型の勇気を。
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