【bon09:山梨県_甲州盆唄と葡萄畑の静かな決闘】
葡萄の香りがする。ほのかに甘く、そして、なぜか少し……切ない。
「おい、なんで俺だけ“農作業用モンペ”着せられてんの?」
拓朗が葡萄畑のあぜ道で腕を組みながら文句を言う。半袖に麦わら帽子、足元は長靴。どう見ても“踊り手”ではなく“農家のお兄ちゃん”である。
「だって、現地のおばあちゃんに“あんたにはこれが似合う”って言われてたし……」
小百合が無言でスマホを掲げ、写真を撮った。パシャ。
「やめろォォ!」
「ていうか今回、“踊る”っていうより“馴染む”ことが求められてる感あるよね」
はづきが周囲の雰囲気を観察しながら言う。
ここは山梨県の山あい。葡萄畑に囲まれた小さな盆踊り会場では、まだ昼間だというのに法被姿の人々が準備に勤しんでいる。
その中央、ひときわ落ち着いた所作で掃除をしていたのが――柊樹。
黙々と落ち葉をはき、蚊を払い、拭き掃除をこなし、誰とも話さず完璧にこなしている。
「……あの人、まじで感情の一滴も出してないわね」
美琴がそっとつぶやく。だがその目は、少しだけ尊敬の色を帯びていた。
「さて!そろそろ甲州盆唄のステージ、始まるってよ!」
雄大が張り切って広場へ駆け出す――が、数歩でおばあちゃんに止められる。
「あんた、そこで靴脱ぎなさい。草の上は素足で踊るのが作法よ」
「……あ、はい……」
珍しく小さくなる勇者。皆、驚いた。ジャニヤがひそひそと言う。
「なんか今日の雄大……おとなしくない?」
「……もしかして、あの落ち着いた空気に飲まれてるのかも」
啓が静かにうなずいた。
やがて、ゆったりとしたテンポの太鼓と唄が響き渡る。
「ぼんぼん 山の甲州~」
その場にいた全員が、呼吸を合わせるように踊り始めた。
激しさはない。だが、身体の奥から自然に動きが出てくる。
そしてその輪の中に、雄大が――
誰よりも、静かに立っていた。
まるで“踊っていないように見えて、踊っている”。
小さな手の動き。わずかな足の運び。言葉では伝わらない、けれど確かに、そこに「何か」があった。
「……あいつ、ついに言葉じゃなく態度でリスペクトし始めた……」
拓朗が目を見張る。
「何があったの、雄大……怖い……」
美琴が感情を見失う。
だが、事態はそこで終わらなかった。
踊りの輪の中央で、ひときわゆっくりとした身のこなしで近づいてくる人物がいた――柊樹。
彼は無言のまま、雄大の向かいに立つ。
そして、踊った。
静かだった。動きはまるで風にそよぐ枝葉のよう。だがその一つひとつが美しく、丁寧で、誰よりも“この唄を知っている”ことが伝わってくる。
それを見て、雄大の目の色が変わる。
無言のまま――彼もまた、踊る。
静かな決闘が始まった。
「これ……言葉がいらないガチンコだ!」
ジャニヤが食い入るように見ている。
「盆踊りで真剣勝負してる人たち、初めて見た……」
美琴のメガネが曇っていた。なぜか涙ぐんでいる。
「……でも、いいね」
はづきが小声で言った。
「これ、完全に“態度でぶつかってる”。リスペクトの応酬よ」
唄は続く。笛の音、太鼓のリズム、夕暮れの空。そして輪の中心で、二人の踊りは次第に“同じ型”に近づいていく。
意図せず、だが自然に。少しずつ、呼吸が合い、ステップが揃い――
やがて、同じ拍で、手がひとつ、回った。
その瞬間、観客から静かな拍手が起きた。
「……終わった」
小百合がつぶやく。
柊樹が、ふと、初めて声を出した。
「……うまくなったな。踊りも、態度も」
「……ありがとな」
雄大もそれだけ言った。たぶん誰よりもシンプルな、でも深いリスペクトの表現だった。
夜、盆踊りが終わる頃。
葡萄ジュースを片手に語らうメンバーの中で、雄大は黙って空を見上げていた。
「……今日のあいつ、完全に違う人格だったな」
「魂だけ踊ってたよね」
「まさかの“静寂型雄大”爆誕」
全員で頷いた。
――そして誰も気づかなかった。雄大がその夜、こっそり「甲州盆唄DVD」をAmazonで購入していたことを。
(bon09:End)
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