第121章 台東区:タイトウノカミの願い
──願いは歴史的で荘厳、でも現代の願いはややノイズ多め。
浅草寺の裏手、観光客が少しだけ足を止める路地に、ひっそりとした祠がある。そこで祀られているのが、タイトウノカミだ。荘厳で落ち着いた風貌。だが、彼は今日、困っていた。
「──え、願いが……『推し活がうまくいきますように』……?」
真面目な神様タイトウノカミは、手にした賽銭箱の中身より、内容の軽さに目を丸くしていた。まわりは観光客でにぎわい、写ルンですを持った大学生カップルがセルフィーしている。
「願いとは……もう少し“国家安寧”とか“商売繁盛”とか、ないのか」
そのとき、近所の女子高生・千愛がやってきた。
「おはようございます、神様。今日もテンション低いですね?」
「低くない。“静謐”だ。……ところで、千愛。お主の願いも……推し活関連か?」
「え? 違いますよ。私は“ライブチケット当選しますように”です」
「──それを推し活と言うのだが……!」
神様は頭を抱えた。近年、願いの95%が「推しが尊い」「推しの尊厳を守りたい」「推しと同じ空気を吸いたい」に偏っている。
「何を叶えればいいのだ……空気清浄機か?」
「でも、神様ってすごいんでしょ? 推しと同じホテルのエレベーターに偶然乗せるとか、できないんですか?」
「それはもはや“ストーキング事故”ではないか……!」
そこへ、弟系男子の範大が現れた。いつも楽観的で口数が多い。
「神様、僕の願いも聞いて! “浅草演芸ホールで、前説に抜擢されたい”!」
「それは……それは、わりと真面目な願いだな……」
「でしょ? でも自分じゃどうにもならないところもあるんです。オーディションって、運の要素が強くて」
「なるほど……ならば、神が手を差し伸べる余地がある」
神様の目がきらりと光った。範大の願いは、己の努力が前提だ。こういう願いには、歴史と格調が乗る。
だが、背後から文花がやってくる。静かに、そっと、つぶやいた。
「……神様、お願い。“推しの炎上が静かに終息しますように”」
「もう無理だあぁぁ!」
神様は、地蔵のように崩れ落ちた。時代は変わった。願いも変わった。そして神の胃も痛むようになった。
「もうこうなったら、歴史的願いとのミックスを試みよう」
「ミックス……?」
「願いを、歴史的に言い換える。たとえば“推しがセンターに選ばれますように”を──“我が推し、楽隊の御旗とならんことを”と翻訳する!」
「うわ、それっぽい! なんかすごく神様っぽい!」
千愛はスマホを取り出して願いを投稿した。
「“神訳モード:我が推し、楽隊の御旗とならんことを”。投稿っと」
「タグもつけろ。“#推しの神に感謝”だ」
「神様、SNSうまいですね……」
「荘厳さと拡散力の両立じゃ。今はそれが神の義務」
神様は今、過渡期を生きている。歴史的荘厳と、現代的ノイズ。そのはざまで苦悩しつつも、ついに神訳スタジオなる手作りの掲示板を立ち上げた。
──掲示板にはこんな願いが並んでいた。
・「リアコバレしませんように」→「心を忍ばせし者、姿を隠し給え」
・「寝坊しても出席扱いにして」→「時の神、わが怠惰を無へと化せ」
・「バズりますように」→「名を世に轟かせし者と成らんことを」
……なぜか毎日行列ができている。
浅草寺の裏手にて、神様は今日も願いを読み解く。
「……“尊い”とは、そなたにとってどれほどの意味か? 尊いのか?」
「はい。すべてです」
「ならばよかろう。願いは叶う。推しは推されるためにおるのじゃ」
神様は静かに手を合わせた。歴史の重みと、推し活の軽やかさが、雷門の空をきらめかせる。
──この町の神様は、今日も真面目にふざけている。
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