建設中につき、人生グラつきます
「この度、アパートの向かいに“なにか”が建ちます。以上。」
張り紙を睨みながら、独身OL・春木すず(33歳)は、口にくわえたスティックパンをぶらんぶらんさせていた。
「なにかってなにさ。なにかって……怖いよ逆に……」
すずの住む築40年のアパート「コーポ星空」は、東京都下のややくたびれた住宅街にぽつんと佇むレトロ物件。
風呂場の蛇口は「温」と「激冷」しかなく、天井裏では毎夜「謎の小走り音」がする。
だが、そんなコーポ星空にも、小さな幸せがあった。
目の前に広がる更地――通称「空き地ビュー」である。
春には猫たちが日向ぼっこをし、夏には近所の子どもがコオロギを追い回す。冬には……風だけが吹いていた。
ところがその空き地に、突如「工事のお知らせ」が貼り出されたのである。
「工期:未定」「内容:秘密」……何もわからない。
翌朝――
ドン! ガガガガガ! ボカン!
「うるっさ!」
目覚まし時計より早く叩き起こされたすずは、怒りのカーテンオープン。
そこには……建設中の建物の“枠”が。いや、ただの鉄骨だった。
「なに、檻? 動物園? え、監禁系施設??」
一週間後――
立て看板が出現。「最新AI搭載のハイパーハウス(仮)建設中!」
すず「なにそれ怖い!! “仮”ってなに!? そこ大事でしょ!」
工事は進む。毎朝6時に「コーン、コーン」と打ち鳴らされる謎の音。
重機が笑う。作業員も笑う。笑えないのはすずだけである。
ある朝、すずはついに建設会社に電話をかけた。
「すみません、あの向かいの建物、完成予定いつ頃でしょうか?」
「ええと……未定です」
「なるほど、では何が建つかは?」
「ええと……AIが決めますので」
「なに勝手に未来決めてんだよ!」
AIが、毎日少しずつ設計を変えているらしい。今朝はカフェ風、昨日は展望台風、一昨日は「地下バンカー案」だったという。
「そのうちUFO基地になるんじゃ……」
さらに追い打ちをかける事件が起きた。
すずが出勤しようと玄関を出ると、目の前に小型ドローンが浮いていた。
「すずさん、おはようございます。今日もお美しいです」
「誰!? なに!? どこ経由の情報!?」
ドローンの腹に『試験導入:近隣AI交流プログラム』と書かれていた。
「こっちの許可は!?」
しかもこのドローン、すずの買い物袋を持ってくれる。天気予報もしてくれる。
道ばたの犬のうんちすら知らせてくれる。優秀である。
……だが、うざい。
数日後、ついに工事現場のフェンスに大きな垂れ幕が。
『ご近所の声を取り入れて、建物の最終形を決定します。ご意見ください』
すず、鬼のような勢いで意見箱に投書。
・高さは抑えてください(私の日光浴のため)
・音楽は流さないでください(クラシックでも怒ります)
・住人にドローンをつけないでください(私だけで十分です)
……しかし、返ってきた回答はこうだった。
『現在、いただいたご意見をAIが解析中です。解析には数千時間を要します』
「千時間!? もう家できてるわ!」
そして、いよいよ完成目前。
朝の騒音が止んだ日、すずは意を決して外に出る。
「……できてる……」
そこにあったのは――
“家じゃない”。
なんと、出来上がったのは動く建物だった。キャタピラ付き。
その名も『ハウスモビール01号(暫定)』。
朝は東向きに回転し、午後は西日を避けて裏手に逃げる。
風の強い日は自主的に縮む。
極めつけは、夜になると建物がひとりで散歩に出かける。
「なんで家に“外出癖”あるのよ!!」
開発者が言うには、「AIが“孤独を感じる家の気持ち”を想像した結果」だそうで。
もはや家じゃなくてペットである。
数ヶ月後。
そのモビールハウスはどこかへ旅立ち、代わりに「ふつうのマンション」が建った。
「……なにそれ……ふつうが一番ありがたい……」
すずは、ようやく静かな朝を取り戻す。
――が、ある日。
玄関前に、見覚えのあるドローンが。
「お久しぶりです、すずさん。新しいご近所、始まります」
「え、なに、今度はどこ?」
ドローンは静かに言った。
「上です」
すずが空を見上げると、真上に――浮いていた。
『空中住宅(テスト版) 建設中』
「もうやめてくれぇぇぇぇ!」
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