『パエリア事件簿〜黄金ライスと失われた鍋〜』
スペイン料理店「エル・ボニート」は、駅前商店街の片隅にひっそりと佇んでいた。ひっそり、というのは客足の話であって、音だけは毎日やかましい。
「オルガー! またサフラン間違えたでしょ! これ、ターメリック!」
「ターメリックも黄色いわよ、パブロ!」
厨房では、店主パブロと、ベテランバイトのオルガが毎日ケンカしている。
そこへ、今日も客が一人。
「こんにちは、パエリアください」
入ってきたのは、地元のフリーライター・高瀬純平。三十路を目前に控え、「昼飯はパエリアしか信じない」と言い張って3年目である。
「いらっしゃい、純平ちゃん。今日のパエリアは『イカスミ抜きの黒パエリア』よ」
「どっち!? 黒いの? 黒くないの? ていうか、イカスミ抜いたら何が黒いの!?」
「オルガが焦がしたのよ」
「焦げといて堂々とするな!」
それでも頼んでしまうのが純平の悪い癖。数分後、テーブルに運ばれてきたのは、たしかに真っ黒な……でも、香ばしさ満点の“黒パエリア(元黄色)”。
「……これ、けっこううまいんだよな……悔しいけど」
彼が一口食べてうなると、オルガは「でしょ!」と胸を張った。
「ところで、パブロさん。なんか変わったことなかった?」
「うん、あったわ。昨日の夜、うちの“黄金のパエリア鍋”が消えたのよ!」
「それ、大事件では!?」
「伝説の鍋よ。先代の祖父が、フラメンコダンサーに恋してスペインの市場で勝ち取った鍋」
「背景が濃すぎて吸収しきれない」
「それを盗んだ犯人、まだわからないの。でも、手がかりがあるわ」
オルガが差し出したのは、小さな金属片。それには“E.M.I”という謎の刻印があった。
「これは……“E.M.I”……もしかして、エレクトロ・ミラクル・インダストリー?」
「それ、電子レンジの会社じゃない?」
「いや、それを名乗る秘密結社って話もある。街の調査は僕に任せて!」
そうして始まった“パエリア鍋”捜索大作戦。
翌日、純平は商店街を自転車で駆け回った。八百屋の店主・村上によると、「昨夜2時ごろ、赤いマントの人物が鍋を担いで南へ走ってった」との証言が。
「赤いマント!? そんなアニメみたいな犯人いる!?」
さらに、花屋の店員からは「その人、やけに“アロス”って叫んでたわ」という証言まで。アロスとはスペイン語で“米”だ。鍋だけでなく米愛までアピールしていたらしい。
そんな中、ついに謎の男のアジト(という名の空き倉庫)を発見。鍵穴に「E.M.I」のシールが貼ってあるのを見つけた純平は、正義感よりも興味が勝ち、ためらいなく突入した。
中にいたのは、マント姿の中年男と……金色に輝くパエリア鍋!
「ついに見つけたぞ! その鍋を返してもらう!」
「ぬぅっ、何者だ!? 我が名はエル・ミステリオ! 黄金鍋研究会の元会長だ!」
「もう、情報量が多いよ!」
話を聞くと、彼はかつてのパブロの同級生。鍋の黄金比率を追い求めすぎて孤立し、秘密結社を自作して鍋マニアの道を暴走していたらしい。
「この鍋を手にすれば、パエリア界に革命が起きるのだ!」
「いや、革命って。せめてラタトゥイユぐらいにしといてよ」
ひとしきり騒いだ後、鍋は無事奪還され、エル・ミステリオは「来週からアルバイトとして採用される」ことになった。
「え、許すの!?」
「だって彼、鍋の洗い方めっちゃ丁寧なのよ」
オルガのその一言で、全てはまるっと解決した。
そして今日も、「エル・ボニート」にはパエリアの香りと、怒号と、笑いが絶えない。
高瀬純平は“黒い黄金鍋パエリア”を頬張りながら、ふとつぶやく。
「この店、全員がボケなんだよな……」
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