黒枠四角、それは人生のチェックボックス
「……これ、何?」
そう言って同僚のヨシダが指差したのは、会議室のホワイトボードの端っこに貼ってあった、謎の付箋だった。
黒いマジックで囲われた四角の中に、小さく文字が書いてある。
□ 目覚めたとき、全てが夢じゃないか確認
ヨシダ:「怖くない? これ」
私:「いや、まあたぶん誰かの“自分ルール”とかじゃない?」
「他にもあるぞ」
□ スマホ忘れてないか?
□ 今日の自分、他人の目に耐えうるか?
□ いつものミス、繰り返してない?
□ “今週の目標”って、そもそも何?
……地味に刺さる。
「これ、うちの会社の“意識高いチェックリスト”?」
「にしては自虐的すぎる」
すると突然、背後から声がした。
「それ、私のです」
振り向くと、経理の山村さんが静かに立っていた。
地味な見た目、口数少なめ、でも伝票処理だけは爆速という謎の実力者。
ヨシダ:「えっ、あの……このリスト……」
山村さん:「“黒枠四角”って呼んでるんです。人生の“ちょっとしたセルフ整備項目”です」
「車の点検みたいな?」
「そうです。人間も“見た目は平常”でも、内側がポンコツのときありますから」
やけに納得した。
「いつも自分に“チェック”入れてるってことですか?」
「はい。チェック入れると、ちょっと自分が“整ってる”感じがして安心するんです」
「メンタルの確認……みたいな」
「まさに」
それからというもの、社内で「黒枠四角ブーム」が密かに広がり始めた。
各自が自分なりの“□”をメモやPCの隅に貼り、こっそりチェックしている。
営業の木村さんのチェック項目:
□ 昨日の“テンション高すぎLINE”を思い出して死なない
□ 提案書のタイトル、今日こそ“スペル間違い”してない
□ 俺、今日こそ空気読めてる?
開発部の矢野くんは:
□ そのバグは本当に“仕様”か?
□ カフェイン、限界突破してないか?
□ 「あとでやる」は来世の自分に押し付けてない?
中にはかなり哲学的なものも出てきた:
□ 今日の“黙ってスルーした一言”に後悔はない?
□ 自分に足りないのは努力か、干し梅か?
□ 明日って本当に“明日”あるの?
……最後のはさすがに病んでない?
私もこっそり作ってみた。
□ ちゃんと笑ったか?
□ 誰かの小さな努力を見逃してないか?
□ 帰りに牛乳買う(←これは切実)
そして気づいた。
チェックを入れるたびに、自分のことを“メンテナンス”している気がした。
まるで「今日の自分は、今日の自分である」って、確認できるような。
小さな黒枠のなかに、自分の“生きてる証拠”が宿る気がした。
……まあ、語りすぎた。
だが、事件は起きた。
ある日、社内の共有プリンタから、大量の紙が出力されていた。
全て、黒枠四角リスト。
□ 世界平和に貢献できてるか?
□ 朝の電車で誰かの肩に頭落ちてないか?
□ 前世の借金、返しきった?
□ 推しの供給に感謝したか?
□ 昼食の栄養バランスに“罪悪感”が含まれてないか?
なぜかそれを見て、社長がこう言った。
「……これ、社是にしよう」
こうして、社内掲示板には“黒枠四角ボード”が設置された。
・自由に書いてOK
・共感したら、赤ペンで「✔」をつける
日々、新たな“人間らしさ”が追加されていく。
□ 「すみません」の回数、他人に比べてどう?
□ トイレで“深呼吸”してない?(してる)
□ 誰かの“やさしさ”に鈍感になってない?
チェックは、もはや“告白”だった。
そしてある日。
私がホワイトボードに書いた、
□ ちゃんと今日も、生きてる?
に、全社員が赤で「✔」をつけていた。
……その日、ちょっと泣きそうになったのは秘密である。
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