『あくび伝染協会』
朝8時。目覚ましが鳴る前に目を覚ました自分を褒めてやりたい。そして、2秒後にあくびが襲ってきた。
「ふあ~~~~……」
それはただのあくびのはずだった。だが、その日、世界は変わった。
「おめでとうございます!」
ベッドの脇から、突如スーツ姿の男が現れた。天井のシミかと思ったら人だった。どこから来た。
「な、なに!?」
「“あくび伝染協会”から参りました。あなた、今朝のあくびで周囲の人間12人に連鎖影響を与えました!」
「え? どういう……?」
「つまり、あなたのあくび、ものすごく感染力があったんです! 我々、調査チームはこう呼んでます。“ヨダレ型ハイパー級”!」
「名前やめて! しかもヨダレって……!」
スーツの男は、勝手にテーブルにパンフレットを広げた。表紙にはド派手なフォントでこう書かれていた。
《眠気の中に革命を。あくびでつなぐ世界の輪》
「……怪しさ全開なんですが」
「ご安心を! 当協会は100年以上の歴史を持ち、ユネスコの『非公式感動的ボランティア団体一覧表』にも未登録です!」
「登録してないのかよ!」
* * *
男の名はガマダニ・誠司。副支部長を名乗り、急に「実地研修に行きましょう」とトモヤを連れ出した。ちなみにトモヤは無職。断る理由もない。
まず連れてこられたのは――区立図書館。
「この静寂の中で、あくびがどれだけ連鎖するか……これが“シティ型フィールド試験”です!」
「やる気ねえんだよ、シティって……」
「では、あちらの自習コーナーでお願いします。カメラはすでに設置済みです。がんばって“はうぅん”と、のびのびと!」
トモヤは、しぶしぶ席につき、窓際であくびした。
「ふあぁ~~~~~……」
1分後。
──「……ふぁ……」
──「……ふぉお……」
──「はあぁ……」
響き渡る“伝染の波”。司書がチラ見するレベルで広がるあくびの地平線。自習生の半分があくびで失神しかけていた。
「すばらしい……!」
ガマダニ副支部長は、感極まって涙ぐんでいた。どうかしている。
* * *
次は喫茶店。薄暗い店内、カップルとノマドたちが静かにパフェとWi-Fiをむさぼっている。
「では、今度は“アート型あくび”をお願いします」
「アートって何だよ」
「こう、首を傾けながら、少し小さく“ふうあぁ……”と切なげに。ラブロマンスの予兆みたいな」
「気持ち悪いこと言わないで!」
だが、やってみた。
「ふ、ふあぁ……っ」
……となりの席で、女子が「……ふあ……」とつられていた。
「すごい、5秒以内の直接連鎖! あなた、もはや“くしゃみ界の龍”を超えましたよ!」
「ジャンル違うから!」
その後も、書店で“連続型4段あくび”、動物園で“ゾウ連鎖チャレンジ”など、意味不明な訓練が続いた。
「……あの、僕、なんなんですか?」
「“第十三代・眠気の使徒”です。候補生ですが」
「それ、いつか魔法とか使えるやつじゃないですよね!?」
「使えません。ただ、あくびで飛行機が1便止まる程度です」
「やばすぎるだろ!!」
* * *
そして、その日最後のミッション。
「ここが“真のあくび伝染力”を試す場所……保育園です」
「え、ダメじゃんそれ! 子どもに影響与えるの!?」
「いいえ、逆です。子どもはあくびに強い。つまり、最終テストなんです。ここで一人でもあくびさせられれば……あなたは合格」
真剣な目をした園児たち。シャボン玉と粘土と“遊びたい欲求”に支配された顔。あくびなど眼中にない。
「……いけますか?」
「……いきます」
トモヤは深呼吸し、子どもたちの前に立った。いわば、あくび界のプレゼン。勝負の瞬間だ。
彼は、静かに目を細めた。
そして、ゆっくりと、魂を込めて言った。
「……ふああああああああ~~~~~~~~~~~」
風が吹いた。
鳥が鳴いた。
──「ふあっ」
ひとりの男の子が、釣られた。次に女の子。次々に、波紋が広がる。
気づけば、保育士まで。
「やった……!」
ガマダニ副支部長は地面に拳を打ちつけ、感涙していた。ここまで熱くなる理由がわからない。
「あなたは……“正式なあくび伝染師”です! 第35期・睡眠連鎖部門・銀ランク・ハムスター特化型!」
「最後の雑!」
* * *
帰り道。副支部長がぽつりとつぶやいた。
「……実は、我々の最終目標は、世界あくび同時連鎖なんです」
「え、怖いって」
「午前3時、全地球人が一斉に“ふあぁ~~~”……その瞬間、あらゆる戦争が止まり、議会も止まり、深夜通販も終わる……」
「いや、通販はいいよ別に!」
「眠気こそが、世界平和の鍵なんです。今夜もどこかで誰かがあくびをして、誰かを救っている。そう信じて……私たちは生きているのです」
「そのセリフ、カッコいい気がしてくるからやめろ……」
その日からトモヤは、ちょっと眠そうな顔で、日々を生きている。何気ないあくびが、誰かを癒やし、誰かを混乱させる。
「ふあ~~~~~……」
(あ、誰かが見た。今、つられた……)
彼は微笑む。
それが、世界を変える“伝染”の第一歩だ。
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