ギターの神、降臨す。
「なあ、おまえ……ギター、弾ける?」
その日、俺はコンビニでポテトチップス(のりしお)を買おうとして、まったく知らないオッサンに声をかけられた。
くたびれたGジャンに、肩から下げたアコースティックギター。明らかに買い物に来た人間じゃない。店内BGMのaikoをバックに、オッサンの眼光が光る。
「……え、ちょっとだけなら」
うっかり答えた俺も悪かった。だって、なんかこう、尋常じゃない目をしてたんだよ。言うなれば、"背水の陣からギター一本で世界を救いに行く侍"みたいな。
するとオッサンは突然、俺の肩をがっしと掴んだ。
「よし! 今日のライブ、代わりに出てくれ!!」
は?
話を聞くと、オッサンは地元ライブハウスで弾き語りをする予定だったが、指をヤケドで負傷。理由は「焼き鳥が思ったより熱かった」。ステージには立てない。だがキャンセルすると、ノルマ料金(1万円)だけが消えていく。
「わかった、ギャラは全部やる! のりしおも買ってやる!」
この状況で、のりしおが交渉材料になるのは謎だったが――
俺は流されるまま、その晩、ギター一本で人前に立つことになった。
ライブハウス「火の鳥」は、駅から徒歩14分の微妙な立地にあり、常連が8割を占める地元密着型の空間だった。入った瞬間、タバコの香りとインディーズの希望が鼻を突いた。
「おお、今日の"焼き鳥ロス"さんですか?」
受付の人の呼び名がひどい。だがオッサンは名前を出してなかった。つまり、俺の出演名は"焼き鳥ロス"になったということか。どんな悲劇のミュージシャンだ。
「弾ける曲は?」
「えーっと……『カントリーロード』と……『栄光の架橋』……あと『紅』の出だしだけ……」
受付の人の目が遠くなった。
出演は三組中、二番目。
一組目は、平均年齢58歳のバンド「走馬灯ズ」。とにかく音がでかく、全員がスネアを叩いているかのような轟音で『酒と泪と男と女』を歌い切った。途中、観客の一人が泣き出した。理由はわからない。
そして、俺の番。
「次は……えー、焼き鳥ロスさんです!」
この瞬間、俺は人生で初めて"焼き鳥ロス"と呼ばれた人間になった。
ステージに立つ。ギターを持つ。スポットライトが眩しい。なぜか観客の視線が温かい。もはや諦めと期待がミックスされたスープのような雰囲気だ。
俺は震える指でコードを押さえた。
C……G……Am……F……
「♪カントリーロード~ この道~ ずっと~……」
おお、いける。会場が静まった。俺の声だけが響く。歌詞が頭の中に自然と流れる。これは……イケてる!?
そう思った瞬間、ポケットのスマホがバイブで震えた。
《オッサン:コード間違ってる。AmじゃなくてEm。あと、キー下げろ。》
ライブ中にダメ出し!?
俺はパニックに陥った。指が滑る。歌詞が飛ぶ。観客が微笑む。なぜだ!?
気づいたら、俺は急にシャウトしていた。
「うおおおおお!!! 鳥が! 空に! 焼かれて! 自由にぃぃぃいい!!」
なぜか拍手が起こった。
「即興だ!」「焼き鳥ロス、魂の叫び!」
俺の脳内ではX JAPANが流れ、ギターは情熱によりチューニングが狂い、最終的に「オリジナル」と称して『紅』のイントロだけを30回ループして終わった。
打ち上げでは、見知らぬ客たちが俺に酒を注ぎながらこう言った。
「おまえの"焼き鳥ロス"、伝説だったよ」
「涙が止まらなかった……焼き鳥って、命だったんだな……」
なぜか、テーマが「命」にすり替わっていた。
例のオッサンも満足げだった。
「よし、来月も頼むぞ、"相棒"」
いや、もうやらない。のりしお一袋じゃ割に合わない。
そう思いながらも――俺は少しだけ、ギターが好きになった。
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