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第47巻 那覇市:ナハノカミの願い

 那覇の朝は、光がすべてを許すように始まる。

 ゆるやかな潮風、ゆっくり動くバス、国際通りの店先から聞こえる「いらっしゃいませ〜!」の柔らかい声。忙しいはずの町が、なぜか“時間に追われてない”空気を纏っている。

 そんな空気の中心、牧志公設市場の裏にある石垣の隙間に、小さな祠がある。

 そこに寝そべっているのが、陽気でのんびりした神様――ナハノカミだ。
 首に花柄のタオルを巻き、日差しの下でシークヮーサーをかじりながら今日もゴロゴロ。

 願いを叶える力を持つが、「叶える」というより“緩める”“明るくする”が得意分野。
 つまり、「がんばりすぎな人」を勝手に“脱力方向”へ持っていくため、たいてい願いの主は後で混乱する。

 この日も、神様は足をパタパタさせながら空を見ていた。

 「そろそろ来るかな〜……ゆる〜い願い……あ、来たさ〜」

 受信したのは、那覇の市役所で働く新米職員・悠仁のつぶやき。

 「仕事にミスはない。でも、“気が抜けない”……正確さの追求が、なんかつらい……」

 その願いに、神様はのっそりと起き上がる。

 「がんばりすぎ、禁止〜。ちょっとくらいミスしても大丈夫って、町が教えてくれるさ〜」

 神様はそう言うと、手にしていたうちわをひとあおぎ。
 すると、その日から悠仁の周囲に不思議な“ゆる波動”が発生し始めた。

 たとえば、会議資料のグラフが5%ずれていたのに、誰も気づかないどころか「色合いが沖縄っぽくてイイネ!」と褒められる。

 電話を取り間違えても、相手が「間違えてくれてありがとう〜、実はこの番号、かけようと思ってたんだよね〜」と感謝される。

 更には、街の猫たちがやたら彼に寄ってくる。謎の“気が抜ける人気”爆発中。

 「いや、これはこれで、ありがたいけど……怖いんだよ、逆に……」

 そんな悠仁の様子を、静かに見守っていたのが、同僚の優亜

 彼女は常に謙虚で、周囲との関係をなにより大切にするタイプだが、その日初めて「なんか今日の悠仁さん、空気がマシュマロ」と言った。

 そしてやってきたのが、奎亮。未来設計図を常に頭に描いている“戦略派職員”。

 「悠仁さん、最近ミスが多いのに、なぜか“信頼度”が上がってます。これは一種の人間ドーピングか……?」

 「お前、分析やめろ」

 「気になって記録つけてます。ヒトとして」

 そしてもう一人、花菜実がふんわりと加わってくる。

 「悠仁さん、今日も“ゆっくりでいいよオーラ”が町中に出てるよ。おかげで、窓口の来客も“まぁいいさ〜”って帰ってくれる」

 「なんでだよ!?市民サービス、成立してるの!?」

 優亜がそっと肩を寄せて言う。

 「でも、実際、窓口のクレームは今週ゼロだし。なんか……悠仁さんの“抜けた笑顔”が、受付全体を浄化してる気がするんだよね」

 「俺、いつから“歩くアロマディフューザー”になったの……?」

 そのとき、休憩室で一息ついていた悠仁のもとに、ナハノカミがふらりと出現した。

 ハイビスカスを頭に挿し、ビニール袋にしまった冷えたサーターアンダギーを両手にぶら下げながら登場。

 「どうね、最近、ちょっとは気楽になってきた?」

 「なってるというか、なりすぎて“お前、今日なにしてたんだっけ”って日があるんですけど……」

 「それが南国さ〜。“ちょっと失敗して、なんくるない”のがちょうどいい」

 「いや、俺、公務員なんで、なんくるないとまずい仕事なんですよ……!」

 「でもな、悠仁。正確さに縛られてるより、人に笑ってもらえることのほうが大事な日もあるんさ〜。“完璧”より、“和む”を選ぶ日があってもいい」

 そう語るナハノカミの背後で、猫が3匹寝そべっていた。どうやら神様の周りにもゆるさが伝染しているらしい。

 一方、データ魔の奎亮は、朝から市民アンケートの結果を分析していた。

 「……市役所の“接客態度がやわらかくなった”という項目、前月比+47%。“なんか優しい気がした”という自由記述、多数。これは……」

 「神様案件でしかない」とつぶやき、静かにエクセルを閉じた。

 その夜。市役所の仲間たちで軽い飲み会が開かれた。

 いつもは緊張しがちな会だったが、この日はなぜか全員が“はじける前にほどけていた”。

 悠仁は泡盛のグラスを持ちながら、そっとつぶやいた。

 「なんか最近、“間違っても怒られない”って思える瞬間があって、ちょっと自分のこと、好きになれた気がする」

 優亜はにっこり笑って、言った。

 「うん、それが一番だよ。完璧な人より、そうやって“自分を許せる人”の方が、ずっと魅力的」

 奎亮も頷いた。

 「戦略的に言っても、“余裕のある人”の方が信頼を集めます。事実、僕は今、あなたのことを“陽だまりの部署”と呼んでます」

 「それ戦略的にも詩的にも中途半端すぎない?」

 花菜実は小さなグラスを手に、ふんわりと締めくくった。

 「じゃあ、みんなで“ちょっとだけ頑張って、ちょっとだけサボる”を、続けてみませんか?」

 ナハノカミは遠くから、赤瓦の上で寝転びながら、笑っていた。

 「願いってのは、がんばるためにあるんじゃなくて、自分が笑えるように使えばええんさ〜」

 那覇の風はゆるやかに吹き、今日もまた、がんばりすぎた誰かを脱力させていた――。


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