『名探偵オバチャン、スーパーで事件だよ!』
「犯人はアンタや!」
バチンッと指を差す音とともに、店内の空気が凍りつく。
舞台は、駅前のスーパーマルヒロ。その鮮魚コーナー横、冷凍ギョーザの棚の前。
叫び声の主は、パーマがやや湿気で広がった中年女性、山田しのぶ。
近所では「名探偵オバチャン」と呼ばれているが、警察でも何でもない。
ただの、自称・自警団長(非公認)。
「ちょ、ちょっと、あんた誰!?」
叫ばれた男性はギョーザ片手に後ずさる。
身長180cm近く、黒縁メガネの冴えないサラリーマン風。
「しのぶさん、また何か始めたんですか……」
レジ担当の山根くんが、額に手を当てながら出てくる。
「山根くん、この男、冷凍食品コーナーで怪しい動きしてたのよ。ギョーザのパッケージ、5種類を並び替えて、消費期限を確認して、一番奥のを取ったのよ!」
「それ普通です。みんなやりますよ。僕もやります」
「違う! 問題はそこじゃない!」
しのぶの目がキラーンと光った(ように見えた)。
「この男、手に取った瞬間、ニヤリと笑ったのよ。“やった……勝った……”って! ギョーザで勝つことなんてある!?」
「いや……あるといえばあるんじゃ……? 例えば家族内の冷凍庫争奪戦とか……?」
「甘いッ! この男、ギョーザに見せかけて情報を隠してたのよ!」
「情報?」
「見て、このパッケージの裏!」
しのぶがギョーザの袋を振り上げる。そこには――
「『当たりシールが入ってたら、もう一袋プレゼント』……あっ」
「そう、奥の方に当たりシールが隠れてるのよ! それを見越して、ズルしてたのよ、この男は!」
「ズルって……それ、戦略では……?」
「ルールには書いてないけど、心のマナー違反よ!」
いつの間にか、ギョーザコーナーの周囲には買い物客が集まり、小規模な“主婦裁判”が始まっていた。
「でも奥のを取るのって私もやるわよ?」
「当たりシールって、見えたらもう勝ちでしょ」
「けど“勝った”ってつぶやいたのはちょっとイヤねぇ」
しのぶが腕を組んで言う。
「私は思うのよ、山根くん。こういう小さな“勝ち逃げ”が、やがて人を腐らせるのよ!」
「……それにしても、いちいち追うんですか?ギョーザの正義を」
「当たり前でしょ。正義のギョーザは平等に焼かれるべきよ!」
「いや、焼かれちゃうんですね……」
男がようやく口を開いた。
「……すみません、そんなに注目されると思ってなくて。実は、このギョーザ、息子が大好きで。いつも“これの当たりを見つけたらヒーローだ!”って騒ぐんです」
「えっ、息子さん……」
「先週、風邪で寝込んでて、せめて当たりギョーザ見つけてやりたいなって、ちょっと必死になって……」
会場、沈黙。
数秒後、しのぶの肩が震えた。
「……なんて感動ストーリーなのよ……。わかった、今回は許すわ!」
突然泣きそうな顔になったと思ったら、次の瞬間、グッと男の肩をつかみ、
「お母さんの誇り、見せてきなさい! そのギョーザ、しっかり焼きなさい! いや、蒸してもいい! 水餃子でも!」
「……ありがとうございます」
男は深く頭を下げ、ギョーザを抱えて去っていった。
その背中を見送りながら、山根がぽつりと。
「……けっきょく、なにが事件だったんでしょうね」
「正義の在り方よ。スーパーの中でも、心のギョーザは焼かれているのよ!」
「しのぶさん、それ、ちょっと意味不明です」
「焼かれたくなければ、心を正すことね。じゃ、私は卵と牛乳買って帰るわ!」
彼女はカートを押して、再び日常に紛れ込んでいった。
――ただし、その後ろ姿を見た店員の間で「卵コーナー、また事件起きるな」という噂が流れたのは、言うまでもない。
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