バラを育ててはいけない(かもしれない)
「ねぇ、なんで玄関に“花言葉一覧”が貼ってあるの?」
ある日、同居中の妹・まどかが、帰ってくるなり聞いてきた。
「『赤いバラ=情熱』『白いバラ=純潔』『黄色いバラ=嫉妬』って、これなに? 恋愛シミュレーションゲームかなんか始めたの?」
「違うよ。うちで“バラ”を育て始めたから」
「……なんで?」
なぜなら、ホームセンターでセールしてたから。
しかも鉢ごと「恋するローズセット」と銘打たれ、リボンまでついていた。好奇心に押され、買うしかなかった。
「このバラが咲いたら、きっと私も変われるって、そう思ったの」
「アニメのセリフみたいなこと言わないで」
そこから、バラとの同居生活が始まった。
名前は「ローズ井上(仮名)」。
「仮名って何!?」
「なんとなく、人間っぽい方が愛着わくでしょ? 井上って信頼感ない?」
まどかがドン引きする中、私は毎朝“おはよう、井上”と声をかけ、優しく霧吹きで水を与えた。
バラは反応しないけど、それはきっと“奥ゆかしいだけ”だと私は信じた。
「ていうか、なんで語り口が完全に乙女ゲーのヒロインなの!?」
まどかは日々、バラに不満を感じていた。
ある日、問題は起きた。
井上(仮)の花びらが、咲くでもなく、しぼむでもなく、ただ“やる気のない湿布”みたいにぶら下がっていたのだ。
「これは……失恋ですかね?」
「いや病気じゃない? 虫? 根腐れ? 水のやりすぎ?」
そう、まどかの指摘は正しかった。
私は乙女の情熱で水をやりすぎ、根がびしょびしょになっていた。
植物にありがちな“構ってほしくない病”を見落としていたのだ。
「井上、ごめん……私、独りよがりだった……!」
私は泣きながら植え替え作業に取り組んだ。
すると翌日。
「おい。咲いてる」
咲いていた。赤いバラが。1輪だけ、鮮烈に。
「……井上、デレ期きた……!」
「なにこの少女漫画みたいな展開」
その日から、私はテンション最高潮だった。
バラの咲いた玄関に、通りかかる配達員が「いいですねぇ!」と声をかけ、
まどかの友達が「なんか“愛されてる家”って感じ」とうっとりし、
職場の同僚が「バラ育ててるってマジ? どした急に貴族?」とLINEしてきた。
しかし。
一週間後。
井上(仮)は“いきなり枯れた”。
一輪のバラが、まるで自らの役目を終えたとでも言いたげに──
「ちょ、これ何? 寿命短すぎん?」
「恋の終わりって、こんなもんかもしれないね……」
「バラに恋してんのあんたぐらいだよ!」
私はうなだれながらも、こう思った。
「やっぱり、“黄色いバラ”も買っとくべきだったのか……?」
「なんでそこで“比較”に走るの?」
その夜、まどかが買ってきた。
「ほら、新入り。白いバラ。“純潔”だって。初心に帰りなさい」
「やだ……ツンデレ……」
「誰がツンデレだ!! バラの話だよ!」
かくして我が家の玄関には、今、白いバラが咲いている。
前任の赤井上(仮)は鉢から移され、ベランダで“第二の人生”を送っている。
ちなみに、母がそれを見て、
「なんか、あんたたちに彼氏できない理由、見えた気がする」
と言ってきたので、
「バラのせいにするのやめてもらえます?」
と全力で返した。
今日もローズ家(仮名)は、華やかに静かに、愛と水と光であふれている。
……恋よりむずかしいのは、植物かもしれない。
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