第131章 八千代市:ヤチヨノカミの願い
──願いはのんびり叶う。でものんびりが過ぎると、若干周囲は困惑します。
千葉県八千代市、郊外の住宅街の真ん中に、ふわっと浮かぶように存在する祠がある。木々に囲まれ、鳥のさえずりと洗濯物の匂いが混ざる、ゆるやかな空気の中。
そこに鎮座しているのが、ヤチヨノカミ。のんびり屋で知られる神様だ。
今日も神様は、茶をすすりながら風鈴の音に合わせて微妙に頭を揺らしていた。
「……ふぅ〜。今日も平和。願い事? ああ、後で聞くぞ……。ちょっと風が心地よいからな」
そこへ唯斗が駆けてきた。物事を深く考え込むクセがある高校生だが、今日は妙に切羽詰まった表情だ。
「神様! 大変です!」
「……ふぁ〜。なんじゃ?」
「クラスの自由研究発表会、俺の順番が最後になっちゃって……すごいプレッシャーなんです……!」
「順番、そんなに気にせんでもええのにのぅ」
「いや……前の人たちがすごいスライド用意してるんですよ。立派なグラフとか派手な演出とか……」
「ふむ。“目立ちたい圧”が強まっとるのじゃな」
そこへ、思い出の品を捨てられないあずさが通りかかる。
「唯斗、緊張してるの? でもあんたの研究、内容は面白いじゃん。派手じゃなくても大丈夫だよ」
「それが不安なんだよー!」
「まあまあ。派手さは必要じゃが、静かに沁みる発表もまた美しい」
神様はポンと手を打った。
「よし、では“のんびり作戦”を授けよう」
「のんびり作戦?」
「観客の緊張を先にほぐしておくのじゃ。発表前にお茶を配って、全員リラックスさせる」
「……文化祭でお茶配るの? 発表の前に?」
「そう。心がゆるめば、静かな発表も素直に聴ける。住宅地の会合では、だいたいそうじゃ」
「八千代流すぎる……」
そこへ他人の気持ちに鈍感な航裕が現れる。
「お茶? いいじゃん!俺、急須用意できるよ!」
「じゃあ航裕くんは“お茶部長”任命」
「部長!?急に!」
さらに、ストレスに強い見姫も巻き込まれた。
「どうせなら和菓子も出したら? より和むしょ?」
「素晴らしい。これぞ八千代流おもてなし発表会じゃ」
当日、会場は予想外の空気に包まれていた。
「発表前にまずは皆様、お茶と和菓子をどうぞ〜」
「文化祭で茶会って……でもなんか落ち着く……」
「緑茶うまっ!」
観客がほっこりした頃、唯斗の発表が始まった。
「えー、僕は『通学路の植栽観察と四季の変化』について調べました」
スライドは極めてシンプル。写真と淡い色合いの表が映し出される。
「春にはサクラ、夏にはアジサイ、秋はコスモス、冬は……」
会場は終始ゆるやかな空気。誰も派手な演出を期待せず、静かに耳を傾けていた。
発表後、思わぬ拍手が湧いた。
「いや〜、癒やされたわ〜」
「派手なのもいいけど、こういうのも心に残るな」
「通学路、今度ちゃんと見て歩こうっと」
唯斗は拍子抜けした表情で神様の祠に戻ってきた。
「神様……意外と、のんびりもアリだったんですね」
「ほれみい。“静かさ”もまた、強さのひとつじゃ」
「たしかに……逆に印象に残ったかも」
「人間も自然も、急ぎすぎぬ方が美しく流れるものよ」
神様はまたのんびりと茶をすすり、風鈴がちりんと鳴った。
──今日ものんびりと、八千代市の空に優しい風が吹いていた。
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